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後悔した夏の日5
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「せ…先輩…、中、誰かいましたか…?」
普通にしているつもりなのに、声が震える。
「いや、誰もいないみたいだけど…」
一通り部屋を見たのだろう。
戻ってきたのは相変わらず優しそうな笑顔の先輩だったけれど…しかし、1度不安に思ったら、なかなかその疑惑は拭い去れない。
もし違ったら失礼かもしれない。
でも………
「先輩…どうして、このアパートにいるんですか…?」
この部屋に誰もいないとなれば、4階から降りてきたのはこの男しかいないのだ。
この人の良さそうな笑顔には裏があるのかもしれない…。そう思った瞬間、旋律のような恐怖を覚えた。
……まさか、本を奪ったこと、今も根に持って恨んでないよな!?
確かに俺、かなり荒っぽく横取りしたけど、でもちゃんと次の日には返したし…
もう暑いからではない。
冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
怖いし逃げたいしで、よろよろと少しずつ後ずさる。
「え…?もしかして、俺の事疑ってる…?」
けれど、すごく悲しそうに先輩は言った。
「酷いな…」
嘘をついているようには見えなかった。
本当に傷ついたって感じだ。
ぎゃ!!ってことは、もしかして俺の勘違いだったのかな?!
「いや…あの!先輩っ!そういうわけじゃなくて…えっと、ですね…」
しどろもどろに言い訳を考える。
「俺の叔父が、新しくここのアパートの管理人になるんだ」
「ふえ?」
けれど俺が上手い言い訳を思いつく前に、先輩は続ける。
「それで、大学に通いやすいようにって借りることになったのが、この隣の角部屋」
「え!?」
待って、まだ理解できない。
隣の角部屋って、そういえば最近お隣さん見てなかった…
いつ引っ越したんだろ…
「あと、窓、開きっぱなしだったよ」
「う…」
おおっと、これはぐうの音も出ません。
4階だからいいやぁって思って、ついウッカリ施錠忘れるんだよね…
カーテンが動いた原因はそれだったのか…
「まぁ、引越ししたのは1週間前だけど、挨拶は本格的に住む今日の夜にでもしようと思ってたんだ」
悲しそうに…、けれど少し呆れたように先輩が言う。
「わー!!すいませんっ!」
俺は真っ赤になって、ガバリと頭を下げた。
何てことだ。とんでもない疑いを先輩にかけてしまったではないか。
そして凄く失礼なことばかりしている。
「あの、なんていうか…そのぉ……」
これからお隣にもなるんだし、これ以上変なことはしたくない。
なら、先輩を疑ってしまった理由を正直に話すべきだろう。
「あー……俺、最近ちょっと、その…ストーカー的なもの?にあってまして」
「ストーカー?」
宍戸の顔が、歪む。
「キミが…?」
あ、コイツ…俺の事バカにしてる?
ザ・コンプレックスフツメンを刺激されて俺は一瞬でまた顔が熱くなった。
この世に生を受けて19年。
俺の見た目はごく平凡だ。
ブサイクではない。
至って普通なのだ。
茶髪にしてピアスをあけてチャラっとしてみせたのは、折角大学に入ったからやってみようと思っただけだ。
完全なる大学デビュー。
けれど、見た目を変えても中身が変わるわけではない。
読書好き、インドア、一見世渡り上手だけど極度の人見知り。
今まで目立つことなく、真面目に普通に生きてきた。
そんな普通の奴がストーカーにあってるのかって目で、先輩が俺を見ている気がする。
俺だって恥を忍んで言ったのだから、そんな目で見ないで欲しい…
やっぱ、ストーカーのことなんて言わなければよかった…
「…あっ!そだ!」
ストーカーされているという証拠を、と思った時、思い出す。
玄関に投函されている、切手の貼られていない、あの封筒…。
できれば開けたくないけど…
後で1人で確認するのも怖い。
ならこの場で一緒に見て貰うほうが心強いだろう。
「これ、前にもこういうの送られてきて…、あ、前のは全部捨てちゃったんですけど…」
出かける時には投函されてなかった筈の手紙を手に取る。
そして、先輩にもよく見えるように隣に並ぶ。
封を切るのにハサミを使おうとしてるのは、カミソリレターをイメージしてるからだ。
前回届いた手紙よりも、分厚く重い手紙。
侵入者の存在がなかったことで安堵したばかりなのに、また不安と恐怖が襲ってくる。
「やってあげる」
俺の手が震えていることに気づいたのか、先輩がハサミを優しく奪い去る。
情けないとは分かるけど、自分で中身を確認するのは怖かった。
やって貰えれば多少なりとも恐怖は軽減される。
先輩のことは利用してばかりで申し訳ないと思ってるけど、本当に心強い。
自分と無縁のその紳士的な動作に、恐怖とは違う意味でドキリとしていた。
女の子だったら、きっとこういう人を好きになるんだろう。
……参考にしとこ。
先輩は綺麗に封筒の上部を切り、そのまま逆さまにしてテーブルの上に中身を出す。
どうせまた学校の盗撮写真が中心だろう。
そう思ってたから、俺は躊躇いもなくその動作を見ていた。
ガサリと、束になって落ちた写真がテーブルの上に広がる。
でも…それは俺の予想したものより遥かに悪いものだった。
「ひっ!!!」
中から出てきたものを見て、俺の喉から悲鳴が漏れた。
……俺の、写真………
ゾッとした。
写真に写っていた俺。
ご飯を食べて、着替えて、寝て
全部、この部屋の写真なのだ…
「ぁぁぁ………」
あまりの衝撃に手だけでなくて全身が震える。
―――――気持ち悪い。
しかもよりにもよって…風呂、トイレ、寝顔…
そして自慰に耽っているところの写真まである。
「何……これ……」
顔から血の気が引くのがわかる。
「せっ…先輩!見ないでください!!」
慌てて写真を掻き集め、先輩の目に触れないようにする。
なんだこの写真!!
自慰に関しては、10代の男子だ!
しかも彼女もいない!
なら仕方ないだろう!
でもだからって、こんな写真っ!!
イケメンの先輩に見られるのは凄く辛い!
恥ずかしい!!
ってか絶対見られた!
本当最悪だっ!!
「ぁあ…もうっ、なんだよこれっ……」
恥ずかしすぎて涙が溢れそうになる。
こんな写真だったら、1人で確認したほうがマシだったではないか。
「聖君……」
先輩はびっくりするぐらい優しく、俺の頭をポンポンと叩く。
『気にしてないよ』という動作に、幾ばくか救われたような気もするけど…
それでも恥ずかしいのと怖いのは変わらなかった。
「………カメラ、探してみるね?」
一度は犯人と疑ったけれど、心強い味方だ宍戸先輩。
「……お願い、します……」
そう告げてから、改めて写真をチラリと見る。
この前送られてきたよりも画質が荒い写真。
もしかすると、動画で撮ったのを現像したのだろうか……
怖い。
マジ怖い。
この部屋が盗撮されているのだ。
俺の根城。
住み始めて4ヶ月。
もうこの部屋は心休まる場所じゃなくなってしまったのだ。
俺の部屋をくまなく見ている先輩を、当事者の俺は何もできずにボーっと見ていた。
今も……盗撮されているのだろうか。
もう、心が折れて動く気力もない。
俺の視線に気づいたのか、先輩が気遣ってくれる。
「大丈夫?聖はなくなったものとかないか、確認してみたら?」
「……ハイ」
あ、俺今呼び捨てにされた。
まぁ気にしないけど…
怖くてキモくて。
部屋は暑いはずなのに、鳥肌が立っていた。
小刻みに体も震えて、自分で自分を抱きしめるように抱え込む。
「本当、情けなくてすみません……」
そんな俺を、先輩は心配そうに見つめていた。
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