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この電車で顔見知りに会うなんて初めてのことで、降車駅までどうやって過ごせばいいのか分からず、落ち着かない。
時折揺れる車内で、雛はぎこちなく隣の彼に話しかけた。
「えっと紫藤くん、何でこんなところに?」
「仕事でね」
「そ、っか…大変だね」
自分で聞いておきながら、どう返したらいいか分からず、曖昧に頷くことしかできない。
何の仕事をしているの?仕事でこの街に来ただけなの?それともこの近くに住んでいるの?
聞きたいことはいつくかあるが、自分なんかがどこまで踏み込んでいいのだろう。ついそんな風に考えてしまって上手く言葉が続かない。
紫藤はそれでも、嫌な顔1つ見せずに以前と変わらない態度で雛に接する。
優しい人だと、思う。自分のことが余計惨めに感じるほどに。
「雛は相変わらずだね。雛も仕事?」
「うん」
「この辺に住んでるの?」
「…うん」
「大学辞めてからずっと?」
紫藤の綺麗な瞳から目を逸らし、雛は少し俯いて頷いた。
「そっか…アイツには会ってないの?」
アイツが誰を指すかなんて、聞かなくても分かりきっている。
「もう、会えないよ」
「ああいう仕事、アイツには向いてないよ」
吐き捨てるようにそう言った紫藤の視線の先には、きっとあの広告があるのだろう。
紫藤がそんな風に言うのは、少し意外だった。
確かに綺麗とは言えない業界だが、雛の目に、嵐は輝いて見えているから。
何か、らんちゃんのこと知ってるのかな。
それこそ、僕なんかが聞けるわけないけど。
「そ、うかな」
雛がやっと答えることができた言葉はそれだけだった。
「うん。だって、あの笑顔は雛のためにあるものでしょう?」
「え…」
「アイツは、雛の笑顔のために笑ってた」
紫藤は一体、何を考えているんだろう。
どうして今、僕にそんなことを言うんだろう。
「やめて。らんちゃんに失礼だよ」
いつまでも、らんちゃんを僕に縛り付けないで。
らんちゃんは、らんちゃんのために幸せにならなきゃだめなんだから。
「ふぅん…」
それから、二人の間に会話はなかった。
いくつかの駅を通りすぎて、間もなく雛が降りる駅に着くと、車内にアナウンスが流れる。雛はほっとして鞄を持ち直した。
「じゃあ僕ここで降りるから…バイバイ」
身長の高い紫藤を見上げて、それだけを告げる。
きっともう会うことなんてない。
しかし何故か紫藤は困ったように眉を下げて、雛の腕を掴んだ。そして、躊躇いがちに口を開く。
「雛は今、幸せ?」
幸せか、と問われて思わずふ、と笑いが漏れた。
そんなの、答えは決まっている。
「…僕は…一生、幸せになんて、なりたくない」
それは、嘘でも自虐でもない。心の底からの本心だった。
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