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託す者(士郎side)※
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チャイムの音は聞こえていたが、起き上がれる状態ではなく放置していると、
「失礼します……」
ゆっくりドアが開かれ、異様に緊張した声が聞こえてきた。
「……呼び出して、すまない」
目を開けるのも億劫で、わずかに目蓋を持ち上げて謝ると、達也は忠犬よろしく、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか……!?」
汗ばんだ額に触れられた。
冷んやりした手の平が気持ちよく、目を閉じた。
「ちょ…っ、熱…っ、これヤバイんじゃ……っ!?」
「……寝てれば治る」
「薬は飲んだんですかっ? とりあえず、医務室で解熱剤もらってきます…っ」
「……騒ぐな。薬なら、さっき飲んだ」
慌てる達也の腕を、つかんで止めた。
その熱さに、再び達也がヒヤリとした顔になる。
真底心配しているのだと知れた。
相手が誰であろうと、きっと同じように必死になるのだろう。
恋敵なのに、最初からどうにも憎めなかった。
そばにいると日向に干した毛布に包まれているかのように、無条件にほっこりさせてくれるのだ。
「……座れ。話したいことがある」
達也が少し驚いた顔をした。
まじまじと見つめていたかと思えば、不自然に目が泳ぐ。
わずかに顔が紅い気がした。
訝しみながらも、呼びつけた手前、無理に起き上がろうとすると、
「とにかく寝ててくださいっ。寝ながらでも話はできるでしょう?」
達也が少し怒ったように言った。
「……悪いな」
「あー、病人に気をつかわれると、逆につらいんで、やめてもらえると助かります」
普段、ほとんど人に甘えることがないだけに、ならどうすればいいんだと、途方に暮れた。
「具合が悪い時はお互様なんだから、くだらないことを考える暇があったら、治すことに全力をそそげばいいんです」
ついでに、ちょっとくらいワガママ言ってくれた方が、看病する側は嬉しいものなんだけどなぁ、と、達也がボヤく。
「……そういうものか?」
「そういうものです」
真っ直ぐ言い切られると、その通りのような気がしてくるから不思議だった。
「長話も疲れるでしょうし、さっそくですけど、呼ばれた理由を聞かせてもらっていいですか?」
はたと、本題を思い出す。
いかんせん、やはり頭がまともに回っていないようだ。
「……単刀直入に言わせてもらう」
一転して射抜くような視線で達也を捕らえた。
「毎晩克己と会っている道着の男は、おまえだな?」
いきなりの直球、それもドストライクの剛球に、達也が目を見開いたまま固まるのがわかった。
否定する暇も、予防線を張る余裕さえ与えなかった。
「どうして……わかったんですか……っ?」
この世の終わりのような蒼白な顔で、項垂れた。
「前に会ったことがある。おまえは忘れているようだが」
「いつ、どこで……?」
「二年前の空手の全国大会を覚えているか? 決勝で対戦した相手がオレだ」
「えっ、でも、あれ……っ?」
「当時は茶髪で、髪も長めに伸ばしていたからな。わからなくても無理はない。まぁ、若気の至りってやつだ」
似合わないとさんざん克己に文句を言われ、密かにショックを受けて以来、短髪を貫いてきた。
こちらに悪意がないことがわかったのか、達也の肩からゆるゆると力が抜けた。
そのままヘナヘナとベッドサイドにへたり込む。
「……どうして言ってくれなかったんですか?」
「確信がなかった。オレも変わったが、おまえのその犯罪級にダサいメガネは何だ?」
「ああ……、長時間絵を書いてたせいか、目がかなり悪いんです。コンタクトだと度を調整しきれなくて、コンタクトとメガネを併用するくらいなら、厚底でいいかなって」
優勝しながら姿を消した美少年はどこのどいつだと、あの後しばらくの間、空手界は揺れに揺れたのだが、本人にそんな自覚は皆無なようだ。
「オレもあれで目が醒めた」
驕っていた自分に気づかされ、身を正すようになった。
「そんな……」
「どちらにせよ、ここではあまり素顔をさらさない方がいい。野獣の群れに、わざわざ餌をやるようなものだからな」
「飢えると人間、何でもよくなるんですね。……怖いなぁ」
しみじみつぶやく達也に、今度こそ声を上げて笑ってしまった。
「おまえのその純朴さは、無くして欲しくない魅力だな」
「……士郎さんの笑顔こそ、破壊力満点なんですけど」
絵を書くせいか、本当にキレイなものに弱くて困る……、と達也がボヤく。
「どーしてこう、オレの周りにはキレイどころが多いんだ……!」
それをおまえが言うかと真底呆れたが、人間、自分のことは見えないものなんだろうと、黙っておいた。
「……話が横道にそれたが、今日おまえを呼んだのは、この後行われるイベントで、オレの代わりを頼みたいと思ったからだ」
達也が顔を上げて、キョトンとこちらを見た。
「おまえは知らないと思うが、桜華はイベント事の多い学園でな」
人里離れた山奥で娯楽の少ない生徒たちを飽きさせないため、生徒会を中心に毎月何らかの息抜きが用意されていた。
息苦しい思いをさせないよう、生徒の自由を可能な限り尊重されるため、もとより規律は緩い。
外出に極端な制限がある以外は、学園内の風紀はないにも等しかった。
制服があるのは、毎日着るものに気を遣うのも面倒だろうという学校側の配慮であって、強制ではない。
実際、デザイン性と機能性に優れ、私服より遥かに人気があり、自身も入学以来長年にわたり愛用しているほどだ。
「イベントの時は、雰囲気に呑まれて羽目を外すヤツが出るからな。おまえに頼みたいのは他でもない克己のガード役だ」
「え……?」
「おまえもその魅力にやられた1人だからわかると思うが、克己は男の劣情を掻き立てる」
龍之介や自分が目を光らせてきたから、何とか無事にすんでいるものの、学園内には荒くれ者も多く、1人では敷地内を自由に歩かせることさえ難しい。
「克己も黙って人の背中に隠れている玉じゃないから、実際、何度も危ない目にあってきた」
あの通り、気は強いが腕力はからっきしだからな、と思わず大きなため息がこぼれた。
「克己を任せるのなら、とびきり腕の立つヤツでなければ無理だと思っていた。おまえなら信用できる。おまえに頼みたい」
言うと、力尽きたように目を閉じた。
下級生、それも恋敵の前で弱った姿はさらしたくなかったが、さすがにもう限界だった。
「……イベントでは無作為抽出のペア、もしくはバトラー制度で入学した主従で出場するのが常だが、龍之介に頼んで……少し細工した。克己とペアを組むのは、達也……おまえだ」
「え? 龍之介さんって……」
「あれで副会長だなんて、詐欺だよな」
「実はスゴイ人なんですねぇ」
「……人望だけは無駄にあるからな」
「確かにフラフラ言うことを聞きたくなるような妙な吸引力がありますもんね。あの暴力的なまでの色気といい、関わったらただでは済まなそうな。距離を置く人と夢中になる人に別れそう」
「ああ、まぁ……な」
悪気はないのだろうが、今の自分には笑えない冗談だった。
龍之介には確かに、ついていけば何か面白そうなことが起こりそうな、嵐の中でも悠然と周りを従え、いつの間にか対岸にたどり着く道を探し出してしまいそうな、独特かつ破天荒な空気感があった。
余裕しゃくしゃくで、底知れない。
あれがまさに、生まれながらの王者の風格というやつなのか。
「でも、姫もさすがにオレと組まされたら、裏で糸を引いてる龍之介さんの存在に気づきません?」
確かに、数百人から無作為に選んだ2人が克己と達也では、あまりに出来すぎている。
だが、そこも何とかなるだろう。
「景品が何かを聞けば、渋々ながら従うさ」
「……わかりました。姫が素直に守られてくれるとは思えないけど、自分なりに全力を尽くします」
「……いい目だ。頼むぞ」
信頼の言葉に、達也が嬉しそうな顔をする。
改めて、克己が選んだのが達也でよかったとホッとした。
やるべきことをやり遂げたせいか、急激に疲れが襲ってきて、そのまま力尽きたように眠りに落ちたのだった。
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