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執務室の攻防①
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いつもより一本遅い電車に乗ったが、いつも時間に余裕を持っているので遅刻などせずに出社することが出来た真白だが、できればいつも同じ時間で行動したい。一本遅い電車だというだけで車内はそこそこ混雑してた。人混みは息が詰まって呼吸が苦しく感じるから苦手で混む時間の電車は避けているのだ。
電車を降りて駅を速足で出て、自分の勤務する会社へと進む。本社ビルは駅から見える立地ですぐに着いた。ふと目をやると、社屋のセキュリティーゲートで長身の上司を見つけ声をかけた。
「おはようございます、佐伯本部長」
「おはよう」
「・・・本部長、この時間のご出勤ですか? めずらしいですね」
「え? なに? 俺が早く出社するのってそんなにめずらしい?」
「ええ!? いえ! そういう変な意味で言ったのではないです!すみません!」
いや、ほんと、そんな意味で言ったのではない。ただ自分よりもずっと歳もなにもかも上の人と話をするのが苦手なだけだ。なにか話題を振ろうと何気なく言っただけだった。それを分かっているのか佐伯はにっこり笑っている。
そんな会話を続けながら歩いていくと、吹きぬけのエレベータホールに着きギクシャクとした変な動きで真白は呼び出しボタンを押す。どうもこの上司といると上手く立ち回れなくなる。昨日の夜の情事もあってからか、自分はこの人に対してどう接していいのか良く分からない。
大きな建物で何基もエレベータがあるこの会社のこの時間は、まだ空いていて二人が乗り込んだエレベータは他に誰もいなかった。
「わかってる。別に怒ってないよ。水上はいつもより少し遅いね。寝坊?」
「・・・いえ、俺が寝坊したわけじゃ・・・ないんです・・・」
寝坊したのは弟です。と続けて良いものかどうか・・・
「ああ、寝ぼすけな恋人を起こして遅くなったとか?」
「・・・違います」
知ってるくせに・・・
そんな心の声など顔には出さずにニコニコと微笑み佐伯を見つめると、佐伯も微笑みジッと真白を見つめてくる。じっと見つめ合っていたが一つ溜息を付いて真白が折れた。敵う訳がない。たぶん、昨日の夜、ちゃんと弟とどう話を付けたのかが聞きたかったのだろう。でもこんな話をエレベータですることではない。そう判断した真白は、微笑む上司にお伺いをたててみた。
「・・・今日はどこかでお時間頂けますか? 昨日の報告をしたいのですが」
「もちろん、いいよ。水上の為なら時間なんていくらでも作るから。そうだな、お昼は弁当でも持って俺の執務室においで。待ってるから」
「ありがとうございます。お伺い致します」
そんな話をしている間に、自分たちの部署のあるフロアの入り口に辿り着く。ゲートは腕に付けているセキュリティーキーの自動認識で勝手に開く。これで、社員の出勤状況なども管理しているらしい。
フロアに着くと、佐伯は自分の執務室に向かうため真白と別れる。その瞬間、佐伯の指が真白の頬を撫でていった。その一瞬の出来事に真白の心臓がドキリと跳ね上がり、顔に熱が集まるのを感じ慌てて佐伯の向かった方向へ目をやると、スラリとした広い背中をただ見送り、一つ小さな溜息を付いた。
自分の席に向かうと、いつもの出勤時間なら出勤していない先輩の姿が見られる。挨拶をしながら通りすぎると、いつもよりもゆっくりだと指摘されるがニコニコと微笑みやり過ごす。これだと自分が寝坊でもしたのだろうと思われるかもしれなかったが、弟の話をするのが面倒だったので良しとした。席に着いて真白はPCを立ち上げ今日のスケジュールに意識を向けて仕事を始めた。
昼になり、午前中の仕事素早く終えて、真白は佐伯の執務室へ向かった。本部長の座に収まっている佐伯だが、この会社は親族経営で佐伯は本部長のポジションではあるがかなり優遇されているのだろう。自分の部屋を貰えているのはたぶんそのせいだ。だが、佐伯は仕事の出来ない男でないのは皆知っている。誰も佐伯の待遇に文句はないし、真白は新入社員なので階級への待遇に明るくはないし、興味もなかった。
執務室のドアの前まで来て、ドアの横にあるパネルを操作する。アポがあれば、そこに自分の名前が表示されドアフォンと同じ機能が働く。真白はあれでアポが取れているのかと一瞬考えたが、とりあえずパネルを操作すると、自分の名前が表示され安堵した。ドアが開くと大きく重厚なソファーセットと、その先にこれまた立派なてデスクが鎮座していた。佐伯は立派なデスクの椅子に座っていたが、真白を見ると優しい笑顔を向け、席を立ち真白に向かい歩き始めた。真白が中に入ると扉は自動で静かに閉まる。真白は深々と頭を下げ仕事用の挨拶をし始めた。
「失礼いたします。本部長、ご報告に参りました」
「うん、待ってた。まあ座って。で、おまえ、昼飯は?手ぶらに見えるけど?」
「あ、はい、ちゃんと持ってます。」
そういうと真白はスラックスのポケットからハワイのお土産で良く見るあのチョコレートのパッケージと、反対側のポケットから牛乳を取り出した。
「ちょっとまって。なにこれ?」
佐伯は眉間に皺を寄せてしまった。その佐伯の様子に真白は委縮した。自分のお昼に難癖付くとは全く考えてなかった。仕事柄、頭を使うので、どうしても甘い物が食べたくなるから真白は昼ご飯はお菓子を食べて過ごすことが多かったのだ。仕事も多くてどこかへ行って食べたりする時間ももったいないから、簡単に済む方法を取っていた。
「・・・まさかいつもこんな感じ?」
委縮してしまった真白を宥めるように優しい声色で尋ねてみる。そうすると少し真白の体から力が抜けたようだった。以前何度か真白の様子を見に行った時から感じていたことだったが、真白は他人に嫌がられるのを極端に嫌っている風だった。叱られたり怒られたり拒否されたりするのが怖いのだろうか。それは誰しも思う事ではあるが、真白は極端な気がした。周りの人間はそういう真白に気付いていないから、いつも笑顔で我慢強く頑張っている可愛い新人ぐらいに見ている。しかし佐伯にはいつも真白が過剰に周りに気を使っているのが見えた。絶対に他人に悪く思われるような行動はしない。そのせいで、真白は自分の仕事を増やしている。
自分の出来る事だと受けている仕事のせいで、真白の時間は削られているのだ。恐らくその辺は本人気付いていないだろう。真白の直属の上司にその話しはしてあって、折を見て話すことになっているから、今回はその話しを持ちだすつもりはなかった。
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