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7月30日の社員食堂
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「お疲れー、窪田。今日は久々に1人か?」
俺は唐揚げ定食を持って、社員食堂の一番奥の、薄暗い席に座る窪田に声をかけた。
「………」
窪田は食べかけていた冷やしたぬきうどんから視線を上げると、チラリとだけ俺を確認した。
ちょっとキツめの、感情を読み取りにくい目つき。視線が合ったのは本当に一瞬だけだ。あとは何もなかったかのように、窪田は目を伏せてうどんを口に運んだ。
一応いまのが窪田なりの挨拶だ。
以前ならこの一瞥すらなかった。
窪田はいつも無表情でクールだ。
仕事は早くて正確で完璧。そのサマはまるで機械のようなので、社内ではロボ田くんと呼ばれている。
そして、俺の恋人だ。
今年の2月に俺が窪田のことを好きになって、あれやこれやと窪田のトラブルに首を突っ込んでいるうちに、俺たちの距離はぐんと狭まり、晴れて相思相愛、お付き合いスタートしたわけだ。
…が。
「窪田がそこに座ってるの、久々に見たな」
「…」
窪田は無言で頷いた。
「人間関係はともかく、仕事は慣れたか?」
「…」
「今夜も遅いのか?」
「…」
「あとでチューしような」
「黙れ」
テンポ良く頷いていたはずの窪田が 、即答で拒否した。
「…橘、会社でそんな冗談を言うな」
「はいはい」
俺は本気だったのだが、窪田にはそんな発想はないらしい。
窪田は付き合いはじめてからもこの調子で、以前と何も変わらない。
それどころか、昼メシを一緒に食う機会が激減した。
…というのも7月から財形の部署の構成が変わり、それにともなう異動もあり…。なんと窪田は華の経営企画部に所属することになったのだ。
今までは窪田の性格も考慮された人事だったのだが、上層部は窪田の正確で完璧な数字の処理能力に目をつけたらしい。
経営企画部といえば出世コース。
窪田は今が頑張り時だ。
そして俺は…。
仕事面では特に変わったこともなく、今まで通り。システム事業部で、それなりに楽しくやっている。
俺にとっての唯一の変化は、やはり窪田とのことだ。
ただもう窪田と両想いで恋人同士で、窪田をなんとかその気にさえさせれば、チューでもニャンニャンでも何でも出来ちゃう仲という事実(ただし東京に戻ってからは一度もニャンニャンできてはいない)が、俺に凄まじいエネルギーを生み出させている。
俺個人は何もかもが絶好調なのだ。
「窪田、これ旨いぞ」
2人ともメシをほぼ食い終わると、俺はニャンコ屋のはちみつ塩レモンゼリーを取り出し、窪田の目の前に置いた。
「………」
無表情の窪田だが、ネコ型のカップに入ったゼリーを見て、瞳の奥が輝いている。
俺がゼリーのフタを開けると窪田も手を伸ばした。
「うまいか?」
俺の問いに窪田は黙って頷いた。
無表情だが、すぐに二口食めを口に運ぶ様子から、ちゃんと美味いと感じてくれているのがわかる。
じっと見つめていると、窪田がそれに気づいて顔を上げた。
「………」
瞬きをして見つめあって、そして窪田の頬がうっすら赤くなった。
「…見るな」
こういう微妙な心の変化を読み取るのが、俺の密かな喜びだ。
「悪りぃ。2人で昼メシなんてなんか久々で嬉しくて、つい」
「…う、うれ……………?そうなのか」
「そうだ」
「…………そうか…」
窪田はふたたびゼリーを見つめた。無表情でゼリーにスプーンを突き刺して、何やら考えているようだ。
経営企画に所属してから、窪田は人とコミュニケーションを取ろうと頑張っている。
誘われれば昼食を共にして、懇親会にも顔を出す。
ただし、無表情でわかりにくいが、本人はかなり無理をしていた。
俺に出来ることといったら、こうやって窪田がこの席で一人で座っている時、隣に座って息抜きをさせることぐらいだ。
社食のこの席に座るときは、窪田がちょっと参っている時。
それは俺だけが知っている窪田の行動パターンだ。
「……すまないが、数分、寝る」
ゼリーを食べ終えると、窪田は腕時計を確認しながら言った。
「おう。週末は朝から晩までデートだからな、疲れはためるなよ?」
俺の言葉に窪田はジロリと睨んできた。
そして深呼吸すると、猫背になってうつむき、動かなくなった。
「……………」
目を開けたまま一瞬で眠れるのは、やっぱ凄いよなぁ。
さらりと流れた前髪を避けて、窪田の虚ろな瞳をのぞき込む。そして、指でそっと瞼を閉じさせた。
窪田の長いまつげに綺麗に通った鼻すじ。薄い唇は眠る時に少し尖っていて、幼い子供みたいにも見える。
普段の目つきの悪い窪田も良いが、眠る窪田の綺麗さにはハッとさせられる。
「…くそう」
深呼吸しないとまた鼻血が出る。
可愛い。
可愛すぎる。
なんだかんだと言いつつも、窪田は俺の横でホッと安らいでいるんだから、俺の鼻の下はギネス級に伸びまくりだ。
そうしてニヤニヤと窪田を見つめていると、少し離れたところからとんでもない会話が聞こえてきた。
「あ、ロボ田さんと橘さんよ。…アレって本当なんじゃない?」
「うそでしょ!マンガじゃないんだし」
「でもさー、みんな噂してるよ」
「⁈」
俺は思わず振り向いた。
すると、会話してた女子社員たちとバッチリ目が合った。
俺のほうが驚いていたはずなのに、女子社員たちのほうが引きつった顔をしていた。
そして声をかけるタイミングもなく、彼女たちは気まずそうに、慌た様子で走り去った。
「…なんなんだ?」
俺の中に不穏な感情が残った。
う、噂?
俺と、窪田の⁈
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