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8月2日のスイッチ
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平気ではないんだけどなぁ。
そう思いながら、俺は一人寂しくメシを食って、風呂に入って、ビールを飲んで。
いつになく綺麗な部屋が、なんだか寂しい。
「……あー」
今日はすごく会いたかったんだ。
会社で会う窪田とプライベートで会う窪田は、かなり違う。
俺はリラックスして楽しそうな窪田を見ていたい。
だから怒らせるつもりはなかったんだが…。
あれからずっと、スマホは静かなままだった。
いくら電話してもメールしても、窪田からはまったく返事がない。
しつこいのも重たいだろう。
〝今日は俺も会いたかった(>_<)来週は遊ぼうな!じゃあまた会社で。お疲れさん&おやすみ♪〟
俺は今日最後のメールを軽い文章にして送った。
「それにしても、怒った方がマシって言われてもな…」
窪田の言葉を思い出しなから、俺は笑っていた。
怒れるわけがないだろ。
俺はベッドに寝転がって、ぼんやりと窪田のことを考えていた。
窪田の仕事のあわただしさはいつまで続くのかなとか、これからは残業が増えるのかなとか。
俺自身は本社にいる限り、残業は少ない。代わりにシステムの入れ替えとかがあると、泊まりがけで仕事だとか出張だとかになるが、それも稀なことだ。
同じ建物の中で働いていても、顔を合わせないなら意味ないよな。
俺は窪田と、もっと一緒にいたい。
「…………あー、消化不良」
やっぱ、一目でも会いたかったな。
と、その時だった。
ピンポーン…と、チャイムが鳴った。
「ん?」
もう日付けが変わるような時間帯だ。
いったい誰が俺の部屋を訪ねてきたんだ?
ピンポーン。
ピンポンピンポンピピピピピピピピピピピピンピンピンピンピンピン…。
「う、お…」
俺は飛び起きた。
このアグレッシブなチャイムの鳴らし方をするヤツは1人しかいない。
「窪田!!!!」
俺は叫びながらドアを開けた。
「…………」
間違いなく、そこにはあの無表情な窪田が立っていて、俺のことをジッと見上げていた。
マジか!
マジか!!!
俺は裸足で玄関を降りて窪田を抱きしめた。
細いけれど引き締まった身体。
ツーブロックに刈り上げた襟足と上からかぶさるサラサラな髪。
その後頭部を掴んで、俺は窪田にキスをした。
「!!!」
窪田だ。
やっと窪田に会えた!
窪田のヒンヤリとしたミント味の唇。
恐る恐る、だけど次第に力を込めて抱き返してくる窪田の腕の力。
俺がどれだけ窪田に飢えていたか。
どんなにキツく抱きしめても簡単には満たされなくて、俺は改めて窪田欠乏症の末期だったことに気づいた。
「ん…っ」
角度を変えて何度も口付けて、互いの息が上がってきた時、窪田が俺を引き剥がした。
「……ここ…は、外、だ…っ」
窪田は真っ赤な顔で口元を拭っている。
「窪田、部屋に入れよ」
「……すぐ帰るから、ここでいい」
「入れって」
俺は強引に窪田を引き入れ、再び抱きしめた。
「どうしたんだよ、こんな時間に」
「………………すまない」
窪田は小さな声で謝った。
顔を覗き込むと、窪田は無表情…じゃない。
頬は高揚していて、目が潤んでいる。
表情筋は動いてないが、窪田的には泣きそうな顔だ。
「橘は、おれと会うことなんてどうでもいいと思っていた」
「どうしてだよ」
「……怒らないから」
「ははっ、バカだな」
俺は窪田のおでこに頬ずりした。
窪田の言葉も、感触も、ヤバい。
「そりゃ、怒れないだろ」
「なんで」
「お前、すっごく残念がって、悲しんで、憤っててさ。俺の分まで怒ってるみたいだった。そんなお前を責められないよ。俺は、お前が俺に会えなくて、そうやってもがいてるのが伝わってきただけで、幸せだなって思ってた。…でもな、平気じゃなかった。俺だって、すごく会いたかった」
俺は抱きしめていた窪田をグッと持ち上げた。
窪田は慌てているが、そのままその場でくるくると二周まわってみせた。
「バカ、やめろ」
うん、重たいからこれ以上は無理だ。
俺は窪田を降ろして言った。
「そうだな、玄関で立ち話ってのもな」
上がれよ、と促すと、窪田は首を横に振った。
「……部屋には上がらない。渡したいものがあるだけで、すぐ帰る」
そう言って、窪田は腕時計をチラリと見た。
だから俺も気になって後ろを振り返り、壁時計を確認した。
いつの間にか、日付けが変わっていた。
「橘…」
「おう。終電、待ち合わないぞ?帰るなんていわずに泊ま…」
窪田は俺の話なんて聞いている様子もなく、いきなり俺の胸に拳を当ててきた。
「…え」
それだけだと思っていたら、その手には紙袋が握られていた。何だか妙にボロボロな紙袋だ。
「た、…………橘。誕生日…おめでとう」
「あ〜!」
窪田のことばっかり考えていて、すっかり忘れていた!
8月3日。
日付けの変わった今日、俺の誕生日じゃないか。
「ありがとな!…マジかぁ」
「マジだ」
窪田はジッと俺の顔を見て様子を伺っている。
俺の驚きと喜びを感じ取ったらしい窪田は、ちょっと満足そうに鼻を鳴らし、そして言った。
「今週末は本当に迷惑をかけた。それに電話では失礼なことをしたと思っている。すまなかった」
「何だかよそよそしいな」
俺が苦笑いすると、窪田は俯いてしまった。
「別に。…それだけだ、じゃあな」
窪田は早口で言うと、くるりと踵を返した。
「待てって」
俺は窪田の腕を掴んだ。
これだけで帰ろうとするなんて。
窪田、お前は鬼か⁈
「…終電がある。離せ」
「お前さぁ…」
俺の声に、窪田はビクリと身体を揺らした。
荒くなった俺の鼻息で窪田の前髪が規則正しくなびく。
「これだけで帰れると、思うなよ?」
俺のスイッチを押したのは………………………………お前だ!!!
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