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8月24日の猫ダイニング〝またたび〟
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「おお〜!ここ、俺も来てみたかったんですよ」
思わず声をあげると、春日さんは嬉しそうに笑った。
窪田も前を向きつつ視線だけ動かして、店のいたるところに飾ってある猫グッズにこっそりと興奮していた。
猫ダイニング〝またたび〟は猫マニアには有名な創作居酒屋で、窪田も存在は知っていたが行ったことがなかったらしい。
だからずっと窪田を連れて行きたいと思っていたのに、窪田が異動になってからは機会がつくれなかった。
そんな店に、今夜は偶然にも春日さんが連れてきてくれた。
「橘くんも猫好きなの?」
「あー、えっと、はい!そんなところです」
窪田のことが好きだから猫も好き。が正しいんだけどな。
「ロボ田くんなんか、この店はたまらないんじゃない?」
「……はい」
春日さんにふられて、窪田は遅れて返事した。
窪田、猫グッズに夢中だな。
壁に何段も設置された棚には、ゴチャゴチャとうるさいくらいに猫グッズが置いてあるし、下を向けば床板には猫の足跡が描いてある。
店員まで猫耳とヒゲとシッポをつけていて、とにかく、目につくものはすべてネコだ。
「窪田、天井にもネコの絵が描いてあるぞ」
「ネコが……俺を見ている…」
天井を見上げた窪田の瞳は、照明の光を反射してキラキラと輝いていた。
口元がほんの微かにほころんでいて、映画「ネコネコはっぴー」を観た時くらい興奮しているようだ。
春日さんじゃなくて俺が連れて来てやりたかったと思わなくもないが、窪田がこんなにワクワクしているなら、まぁなんでもいいか。
「それにしても、橘くんはロボ田くんと仲いいんだね。まさか、噂通り?」
「……」
「いやー、物流システムなら作りますけどね」
俺は苦笑いした。
俺がロボ田こと窪田の人工知能を作ったという噂(ネタ)は、もはやテッパンらしい。
春日さんに向かい合うようにして、俺と窪田が並んで席に着いた。
生ビールを3つ頼んで、メニュー表を広げながら取り留めのない話を続ける。
窪田はともかく、俺と春日さんの会話は途切れることがなかった。
今日の会議は滞りなく進んだ。
そして、ウチの部では俺が、経営企画の方は春日さんが担当窓口となった。窪田を期待してたんだが、経営企画の担当はずいぶん前から決まっていたらしい。
窪田も同じ仕事をするのに変わりはないのだが…ちょっと残念だ。
けれど今夜は、春日さんが親睦を深めようと言って、俺と窪田を飲みに誘ってくれたんだ。
「お待たせしました〜。生ビールネコジョッキ、3つお持ちしました〜」
テーブルに生ビールが運ばれてくると、春日さんがジョッキを握って言った。
「それじゃあ、お疲れ様。これからよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
俺と春日さんは冷えたビールをゴクゴクと喉に流し込んだ。
窪田はチビリと一口だけ飲み、すぐさまジョッキを眺めている。
ジョッキには、ビール会社のロゴと一緒に猫のシルエットも印刷されている。コースターもネコ型に切り抜かれているし、窪田は飲むことより眺めることに集中している。
俺と春日さんで料理のオーダーを考えている間も、窪田はテーブルのすみに置いてある、招き猫の口から醤油が出る仕様のしょうゆ差しを手にとったり、テーブルに描かれた、お腹を見せて戯れるリアルな猫の絵を指でなでていた。
誰もいなかったら、窪田はテーブルに頬ずりしていたんじゃないだろうか。
「橘くんは、ネコの他に好きなものってないの?」
春日さんがお通しをつまみながら聞いてきた。
「そうですね、野球やサッカー観戦はたまに行きますね。あ、あと車の運転は好きです」
「車、持ってるの?」
「いやー、それがですね〜」
春日さんに導かれるまま、俺は車トークをはじめた。
窪田にも話したことがないような、実は欲しい車種があるとか、引っ越さないと駐車場が見つからなくて買えないとか。
春日さんはものすごい聞き上手だ。
テレビ番組の司会者のように話を振ってきて、追加される質問は全部俺が話したいことで。そして窪田も話の輪に入れるよう、ソツなく質問していく。
コミュニケーション能力が抜群。
人間大好き。
なんだか人を寄せ付けるオーラがある。
春日さんは、そんなイメージ。
春日さんは魅力に溢れた人だ。
……………ただ、素晴らしすぎるのも問題だというのは、後になって知ることになるのだが。
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