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8月27日のside嵐の中の窪田くん
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春日さんがいない部署は、地獄だった。
「おいおいロボ田ぁ。お前のタイピング音がうるさいんだよー。仕事早いのはわかったからさ、静かにしてくれよ」
「すみません」
「本気で謝ってないだろ。少しは申し訳ない顔しろよ」
「してます」
「してねーよ」
「……」
いま俺に突っかかってきている男、夏川は、春日さんがいる時といない時で、まるで別人のように態度が変わる。
秋元さんが言うには、夏川は春日さんが俺ばかりを気にかけている状況が気に入らないのだそうだ。
俺ばかりなのか?と、疑問なのだが、秋元さんが猫顔で言うのだから、俺は信じるしかない。
「なんだよ、その目は」
「…………別に」
「別にじゃねぇよ。お前さぁ、仕事ができてるつもりで調子に乗ってるけど、本当は全然ダメだから春日さんがフォローしてるんだよ。何がダメかもどうせ気づいてないんだろうがなぁ?それに…」
夏川からとめどなく文句が出てくる。
胃が痛い。
集中できない。
「………………」
そろそろ夏川を殴って黙らせたい。俺より背が高いが、線が細くて弱そうだから、きっと一発で仕留められる。しかしそんなことをすれば努力して手に入れた空手の段位は剥奪だし仕事も失いかねない。そう、夏川ごときに俺の拳を使うことは間違っている。おれの空手は自己鍛錬のためにあるんだ。忘れるな。俺が万が一腕力に頼ることがあるとしたら、それは自分に身の危険が迫った時だけだ。口しか出せない夏川には、拳を使う価値もない。元はと言えば、俺がもっとうまく人付き合いができれば、こんな風に夏川とこじれることは無かったんだ。しかし、腹は立つ。このイライラを抑えようと耐えれば耐えるほど胃が痛み、この怒りが顔に出てないか心配になるのだが、実際はまったく誰にも気付かれない。それはそれでモヤっとする。冷静にならなければ。そうだ、ネコのことを考えろ。ネコ、ねこ、猫…。
「おい、夏川ぁ。お前もうるさいんだよ」
「……あ?」
「……っ」
我にかえると、夏川の後ろにものすごく機嫌の悪い冬部さんが立っていた。
「ロボ田、お前暇そうだな」
「……いえ」
どこをどう見たら暇なんだ。
俺は春日さんに指示された資料作りで手一杯だ。
「夏川、お前は席に戻れ。お前の大好きな春日さんに言いつけるぞ?」
「あー、ハイハイ、どうせサボるためにロボ田を使いたいんだろ?こすいなぁ冬部さんはよぉ」
「狡いのはお前だ」
「黙れクズ野郎」
「……」
なんてひどい空気だ。
チラリと秋元さんの方を見ると、秋元さんはジッと招き猫の置物のようになっていた。
そう、この人は目の前で何が起こっても関わろうとはしない。ヤバい雰囲気の時は招き猫に擬態する。
こうなった時の秋元さんは、正直嫌いだ。
秋元さんに助けて欲しいわけじゃない。誰であれ、普段は会話している人が、まるで俺なんか存在しないかのように知らんぷりするのは、けっこうこたえる。
キリキリと刺すような痛みが俺の胃を襲いはじめた。
俺は呼吸を浅くして、それをやり過ごす。
夏川は俺と冬部さんを交互に睨み付けると、やがて俺の座る椅子を蹴って自分の机に戻っていった。
そして冬部さんは、俺にはまったく関係のない企画書を机に放り投げてきた。
「……」
「コレ、間違いがないかチェックしろ」
「……どうして、ですか」
胃のあたりをコッソリ押さえながら聞くと、冬部さんは当然のように言った。
「お前がやれば短時間でチェックできるからだ」
「でも、俺にも仕事があります」
「今からコレもお前の仕事だ。1時間後に俺の所に持ってこい。春日だってコレが今日完成したら喜ぶんだぞ」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
俺は呆然として無関係の企画書の表紙を眺めた。
冬部さんも、結局は春日さんにかっこつけたいのだ。
今、置物と化している秋元さんでさえ、同じように春日さんに認められたくて仕事をしている節がある。
目的は一緒だが、一致団結はできない。
春日さんには見えないところで、ここの男たちは醜い争いをしているのだ。
机の向こうでは、席に戻った冬部さんに夏川が突っかかっている。
冬部さんもやる気満々で煽って、あっという間に口論がはじまった。
秋元さんは微動だにしない。
心が、荒む。
吐き気がする。
仕事が進まない。
くだらない。
どうして、春日さんはこんなメンバーをうまくまとめられるんだろう。
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