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10月19日のside窪田くんと引き出し
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「おはようございます」
いつも通りの朝だ。
春日さんは不在で、夏川と秋元さんと冬部さんは俺を空気のように無視している。
俺はまっすぐ夏川の席に向かった。
「夏川さん、おはようございます」
「……」
「土曜の件でお話したい事があるので、昼か定時後にお時間をいただけませんか」
「……」
「夏川さん」
「……うるっせぇな。文句言いたいなら経営企画なんてやめちまえ」
そう言って夏川は、俺に異動願いの書類を突きつけた。
そうだ、このクズは嫌がらせのための手間は惜しまない。わざわざこんな書類を用意するなんて。
「俺はやめません。誤解を解きたいのでお時間をください」
「嫌だね。俺はお前みたいに暇じゃないんだ。邪魔すんなよ。…それよりお前の机、なんか変じゃねえ?お前のせいでまたココに苦情が来たらどうしてくれるんだ」
「…⁉︎」
嫌な予感がして、俺は自分の机を確認した。
春日さんから厳重注意を受けたから、俺は夏川に何も仕込んでいない。
夏川は、まだ懲りていないのか?
「オラ、あっちへ行け!」
夏川がボールペンで俺の腹を突いた。
「…っ」
痣を刺激されて、俺は後ろによろめいた。
それを見た夏川はニヤニヤと笑いながら、俺の机を指差した。
「ロボ田ぁ、早く片付けろ」
「……」
俺は黙って自分の席に向かった。
夏川は、一体何を仕込んだのだろう?
机は一見何も変化がないのだが…音がする。
引き出しの中から、ゴソゴソと物音がするのだ。
「⁉︎」
生き物だ。
俺の机の引き出しの中に、生き物がいる。
俺は慌てて荷物を降ろした。
そして引き出しにそっと耳をあてた。
「ミャー…」
「⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
聞き間違い?
まさか?
中では俺の気配に気づいたのか、さらにゴソゴソともがく音がする。
「ミャー、ミャー」
「………………なぜ…」
猫だ。
俺の引き出しの中に猫がいる。しかも、鳴き方からしてまだまだ小さな子猫のようだ。
引き出しを開けたい。
だけど猫アレルギーの俺には開けられない。
「す、すみません。誰か、引き出しを開けてくれませんか。………秋元さん」
秋元さんは急に立ち上がって、廊下に出て行ってしまった。
冬部さんも机に脚を乗せてガラ悪そうに週間少年マンガを読んでいて、おそらく俺の頼みなど聞く気もない様子だ。
夏川にいたっては、こちらを観察してヘラヘラ笑っている。こいつには頭を下げたくない。
「ミャー、ミャー…」
子猫は引き出しの中で悲痛な声で鳴き始めた。
腹も空いているのかもしれない。
子猫の安否と今日の業務。
両方とも、なんとかなるだろうか?
俺はもうずっと猫には触れていない。
熊殺しのテツはもちろん、三丁目のミーコに、神田川のブチ、みどり公園の猫軍団…俺の知る全ての猫達とは、一切のふれあいを絶っている。
だからアレルギーも喘息の発作も起こしていない。
「……」
もしかしたら、何も症状が出ないということは、実は猫アレルギーなんてもう無くなっているかもしれない。
今は、試す時なのだろうか…。
とにかく、引き出しの中に閉じ込められた子猫を助けてやらなければ…。
俺は思い切って机に手をかけ、引き出しを開けた。
「……ミャー!ミャー!」
こもっていた鳴き声が、部屋に響き渡った。
「…無事か?」
俺は子猫を抱き上げた。
まだ乳離れしたばかりと思われる、小さな白ネコだ。
自分の漏らした糞尿に濡れて身体が冷え切ってしまい、プルプルと震えている。
しがみつく前足が俺の手に爪を立てた。
小さくて柔らかくて、久々の感触が愛おしい。
俺は子猫をハンカチで包み、手洗い場で洗ってやった。
温水と石鹸で綺麗になった子猫を抱いて、給湯室の棚にストックされていた贈答用タオルで拭いてやる。
めちゃくちゃ可愛い。
天使だ。
ここに天使がいる。
俺は子猫に頬ずりしてから、夏川を責めるために部署に戻った。
しかし、だ。
やはり体調がおかしくなってきた。
「…………っ、はっ、……はっ…、ゲホッ、ゲホッ!」
気道が詰まったような変な感覚。
咳き込んで息を吸っても、酸素が身体の中に入ってこない気がする。
机の中に放置したままだった喘息の吸入器を久々に取り出し、口にあてた。
「……っ、ゲホッ、ゲホゲホゲボ…」
薬の効きが悪いような気がする。
目眩がして、猫を潰さないように、俺はゆっくりと床に手をついた。
「……だ、…れか」
誰か、このネコをタオルで乾かしてください。
子猫は些細なことでもすぐに命を落とすから、一刻も早く、暖めてやってください。
誰か、ネコを…。
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