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お泊まり大会Ⅷ
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「──やめ……て……っ」
「こんなところにまで付けられたのね。気持ち悪い。
あなたを欲しがる人なんて存在しないわよ。
汚い、気持ち悪い。ウザったい。」
「──やめ……」
お願い母さん、やめてくれ。
「こんなもの、すぐに消してやる。あんたなんて誰のモノでもないんだから。」
──彼のモノなんて、贅沢は言わない。けど、それだけは、消さないで。
「う"……ッ、う"ぇ……。」
「うわきったない……!! 危ないわね、服につくとこだったじゃないッ!!」
血まみれの癖によく言うな……。
──彼に跡を付けられる度、母の暴力はエスカレートしていった。
車のエンジン音が外から聞こえ、「チッ」と舌打ちして母が1階へ降りていった。
玄関扉の開く音が聞こえて下の物音が床から頭に響いてくる。「ただいま」と父の声が聞こえた。
──帰ってきたのか。
扉が後2回ほど開かれる音がした。
重い足音が階段を上がってくる。たぶん父さんだろう。
「トモ帰ってきたぞ。ほら早く、サッカーの練習す──」
……父はいつも以上に荒れた部屋と、いつも以上に血液を流す俺を見て、息を呑んだ。
父の手に握られたサッカーボールがぼやけた視界に写った。
……ああ、さっきの扉の音は、外の倉庫にそれを取りに行った音だったのか。
そのボールが手から滑り落ちて、俺の元に転がってくる。
うまく力が入らない。
ゆっくりと手を伸ばして、酷く汚れた、父の使い古しのサッカーボールを触れようとする。
けど、その手は空を切る。
距離感が掴めなかった。脳みその命令も麻痺していた。
いつも以上に、身体が弱っていた。
「──来いッ!! 来ないか、早くッ!! 何処に隠れたッ!!」
父の声が部屋の外へ向けられて、凄まじい勢いの足音が階段を降りていく。
──生まれた頃から、関わったことがなかった。
ご飯なんてモノ、与えられることもない。朝起きると、お菓子が部屋の前に置いてあるだけだ。
「いってきます」も「いってらっしゃい」も言ったことがない。受け答えはしない。
帰ってくると、ただ部屋に閉じ込められるだけだ。
3か月前から、母にストレス発散の道具として扱われるようになった。
母に関われるようになり、正直、どんな形であれ嬉しかった。
……俺や母さんのことを少しも気にしないそぶりを見せていた父さんに、何週間か前、「強くなりたい。」と、言ってみた。
その時、倉庫を片付けていた父さんの手にはサッカーボールが握られていた。
古くなって、白い筈の面が茶色い。所々の縫い目が剥げて汚れて黒くなっていた。
「そうか、サッカー好きかっ! 強くなりたいのかっ!」
そう言って嬉しそうに笑う父に、弁解などできなかった。
それから毎日、父が帰ってくるとサッカーの練習をした。二人とも泥まみれになって、沢山笑い合う。
「父さん、俺、もっと身体を強くしたい。」
……『喧嘩に強くなりたい。』そう言えば良かったのだろうか。
「毎日練習すれば身体も頑丈になっていくさ。」
父さんはまた勘違いした。
そう言って頭を撫でる父の笑顔には、〝嘘〟がこびりついていた。
父と過ごすサッカーの時間だけが、その家の至福の時だった。少しだけ、父に近づけるその時間が凄く好きだった。
例え練習前に殴られようと、鋏で身体中下手くそに切られても、それでも楽しみだった。
今日だってそうだ。それがずっと、当たり前の筈だった。
「早"ぅ出てこんかぁ"あ"ッ──……!!」
割れるような罵声が1階から聞こえてくる。遠退いていく父の罵声が、家の外に出ていった。
ガタガタガタッ──と、玄関扉とは違った音がして、倉庫の開こうとする音だと判断する。
「やめて、やめて……っ」
と、母の悲鳴が聞こえた。
酷い痛みで、動かしづらい身体を這いつくばって移動させる。ベッドに乗っかって、カーテンを恐る恐る捲った。
真っ暗な部屋に初めて、光が射し込む。夕方の光だった。
部屋中に広がる血液と同じように真っ赤な毒々しい赤色だった。
倉庫から出されたらしい母が父の手に噛みついた。
父が母を殴る。母が倒れて、起き上がり、父に石や草をむしり取って投げ付ける。
「…………父……さ……んっ」
──嬉しかった。
嬉しくて、涙が出た。
父がここまで怒ってくれたことが嬉しかったのだ。
助けてほしいなど、思ったこともなかったのに、助けられると高揚感が身体中に染み渡る。
サッカーボールを持って、部屋に毎日迎えに来る父の笑顔が、脳裏に浮かんだ。
……いつの間にか、彼の子供として関われていたのだと、その時やっと気づくことが出来た。
──父と母は大喧嘩をして、どちらとも引くことなく殴り合い引っ掻き合い、首を絞め合う。
倉庫の中のバットや三脚で殴ったりもした。
騒がしすぎるそれに近隣の人達が集まり、押さえ込まれ、止められた。
──数週間が過ぎて、父と母は離婚した。
母は俺を手放そうとはしなかった。
俺ほどしっかりサンドバックになる相手なんていないからだ。
けど父さんの一睨みで、彼女は簡単に怯んでしまう。
「行くぞ。」
そう言われ、手を引かれた夕日を覚えている。
──泣きじゃくって、「行かないで」と喚く母を覚えている。
俺と目が合うと、目をつり上げて、「殺してやる」と一言、呟いたことを覚えている。
前の家なら、幼稚園を卒業しても、彼と同じ学校に通えただろう。しかし逃げるように遠くに引っ越した為、学校は別となった。
小学四年生の頃、彼女が自殺したことがニュースで流れた。
安心したと言うより、後悔が滲んだ。
俺が彼との関係を持たなければ、母がエスカレートすることもなかったろうに。
……けれど、そうじゃないと父と近づけなかったし、
もし王子様と出会えていなかったら、生きようなんて、微塵も考えなかっただろう。
お菓子はカスも粉も少しも残さずむさぼり喰ったし、お腹を空かせないように身体を極力動かさないようにもした。
睡眠は取りすぎない程度に体力が回復できる充分な時間だけ取って、椅子に座り大の字に広げて身体を休めた。
……生きる為に。
幼稚園では、骨と皮と少しの肉しかない貧弱な身体を、笑われ、皮肉を言われ、殴られた。
……邪魔だから、幼稚園に預けられ、帰ってくると、閉じ込められる。
当たり前だと思っていた。皆もそうなのだと。
ご飯を与えられないことも、お菓子だけを食べられることも、親と関わりを持たないことも、殴られることも、切られることも、
全部当たり前だと思っていた。
だから王子様の表情にも、大人の王子様の知る知識の中の何かに触れたことさえも、気づけなかった。
王子様に拾われるように、貧弱な身体を抱き締められて、キスをされて、抱き締め合って。
……ただ、それだけで幸せだった。
王子様が側にいてくれるなら、少しでも好いていてくれるなら、それで良かった筈だった。
──側にいたい。ずっと、一緒にいたい。
そう思うようになったのはいつからだろう。
死にたいとも、生きたいとも、思ったことはなかったけれど、
──生きたい。
いつからそう思うようになっただろう。
君に出会えてから、君に抱き締められてから、
君に必要として貰えてから、
ずっと俺は、君を必要としていた。
君が俺を救ってくれた。
君が俺に勇気をくれた。
君が俺を強くしてくれた。
感謝してもしきれない。会いたい。会って、また必要としてほしい。
けど君はきっと俺なんか忘れて、きっと俺なんか必要しなくなって、
俺みたいな鎖を簡単に引き千切って、
自由な場所へと行くのだろう。
君は縛られることを知らない、自由な意志を持っている。
……それが俺の、大事な、王子様だ。
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