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034 猶予
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「あの……」
積まれた本の影にいる老婆……ドドに声かける。
「さっきはありがとうございました」
ドドと呼ばれた老女の服は茶色で、髪は茶に白髪が混ざっていた。
「二人が戻るまでの間、よろしくお願いします」
あまり女性の容姿を気にするのはこの国でも失礼になるかもしれないと、ジロジロと見るのはすぐにやめた。
「何かわからないことがございましたら、遠慮せずにお尋ねくださいませ……」
そう言われ、僕は再び礼を言ってお辞儀をした。
(さてと……)
――――ズラリと並ぶ本を見ても、やはり何を書いてあるかわからない。
最初は片っ端から見ていこうと思ったが、それではいつまでたっても進まない。
(せっかくだから、ドドさんに聞いちゃおうかな……)
「あの、お婆さん。この国の年号とか、そういう本ってどの辺にありますか?」
聞くと老婆は、静かにその方角を指差す。
「あ! ありがとうございます」
指された方角の本を適当にとって見てみるが、やはり数字がどれだかすらもわからない。
今度は筆記や文字も教えて貰った方がいいだろう。
(あ……そうだ!)
「……ちょっと聞いてもいいですか?」
老婆に振り向き、コッソリ持ってきた紙とペンを取り出す。
「数字を教えて欲しいんです。僕まだ文字が読めなくて……」
腰を曲げた老婆は女官たちよりもずっと小柄で、凄く親近感が沸く。
老婆は、皺が刻まれた手で数字を書いていく。
最初は書物の背表紙を見て数字を解読しようと思っていたので大幅な手間が省けて助かった。
僕は老婆の書いた数字の横に、0〜9の数字を並べていく。
(これでわかるかな……)
「ありがとうございます」
紙と本を照らし合わせ、それを探そうとして考え込む。
そんな僕に、老婆が語りかける。
「文字がわからないのでは大変でしょう……この婆でよろしければ、お答え致しましょうか?」
この優しそうな人なら、聞いても大丈夫だろうか。 僕が知りたい情報は、一体どんな本に書いてあるのだろうか。
そういう絵本ならあるかもしれない。
でもそれはこの国の常識で、こんなことを知りたいと思う人などいるのだろうか。
しばらく悩んだすえ、僕は老婆に核心を突く質問をする。
「あの……この国の1年って何日ですか?」
側から聞けば、酷く間抜けな質問だろう。
でも、どうしてもこの質問が誰にもできなかったのだ。
僕がこの世界の人間でないことを知っているのは、先日話をしたサディとギルト、そしてハリルとジーナなどの一部の人ぐらいしかいない。
ハリルは僕を12歳で結婚させるつもりなのだ。
事情を知る人にこの質問をすれば怪しまれる。
だからと言って、事情を知らない人にも聞けない質問なのだ。
嫌な顔一つせず、老婆が答えてくれる。
教えられた1年の日数は……300日。
――正直1年が1000日ぐらいあるのを願っていたのに、予想をはるかに下回る数字で、僕の希望は脆くも崩れ去る。
老婆からは見えないように、紙に計算式を書いていく。
(僕の本当の年齢が16歳と半年―――だから、この世界だと……20歳ってことになるのか)
そもそもこの国は成人が15歳なのだ。
ギルト曰く、「働ければ大人」ということらしい。
(たしかにそうかもしれないけれど……)
抵抗はあるが、郷に入ったら郷に従えだ。
僕の世界の基準を話して受け入れて貰えればいいけど、逆に結婚を早められるリスクを考えたら黙っていた方がいいだろう。
そして10歳と嘘をついた僕が、ハリルと結婚させられるのは、この世界ではあと2年……つまり約600日後になるのだ。
(まぁでも、水神らしいことなんて何もできないし……)
そのうちこの誤解も解けるだろう。
しかしそれでも、万が一ということもある。
書き込んだ数字を見て黙ってしまった僕を見る老婆の視線に気づき、慌てて紙を丸める。
老婆には見えないはずなのに、まるで心を見透かされているような気持ちになるのは後ろめたさがあるからだろうか。
「あはは。ありがとうございました……」
取り敢えず笑って誤魔化しておく。
老婆の白く濁った……灰色の目が、優しそうに細められる。
「質問は、他にはありましょうか?」
聞かれて言い淀む。
正確な年齢のことと、水神でないことの証明になりそうなこと、そして何より『元の世界に戻る方法』。 僕がここに来て調べたかったことはこの三つだった。
どれも、僕を水神と信じる人々には言い出しにくいものばかりなのだ。
「えっと……最初に子供が覚えるような……文字の本とかってあります?」
どちらにしろ、誰にも聞けないことだ。
ならば、文字を覚えて自分で探すしかない。
――それも……600日以内にだ。
そう心に固く誓ったが、この考えが甘かったことに僕はまだ気づいていなかった。
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