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036 零細
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今日は雨なのか……と、鉄格子が嵌った窓から外を眺める。
僕の部屋として充てがわれている東塔の貴賓室は、本館と南塔の次に高い塔であった。
城自体も高台にあるため、晴れた日に窓の外から見える景色は絶景らしい。
でも高い所が苦手な僕は、好んで窓には近づかない。
――――ただ、今日は雨が降っていたから。
雨が降っていたから例外なのだ。
この世界に来てから、初めての雨だった。
できるだけ下を見ないように、鉄格子の隙間から景色を眺める。
雨が降っていなければ、城壁の向こう、砂香という砂の砂漠までも見渡せるそうだが、今は殆ど霧がかっていて見えなかった。
それでも遠くに見える街並みに、人らしき姿が至る所に見える。
辺りに広がる城下の建物は、白を基調にしていて美しい。
確かにこれだけ栄えた街ならば、夜景もさぞかし綺麗なのだろう。
「はぁ……」と、意識せずに吐いた溜息の大きさに、我ながら驚く。
最上階のこの部屋は、階段の昇降がとても辛い。
ただでさえこの国の人は身体が大きくて、階段の段差も高く非常に疲れるのだ。
――でも昨夜、実際に自分の足で上ってみてわかった。
この貴賓室までの階段は、この城のどの階段よりも酷い。
思い返してみると、この部屋で勉強することもないからメロウも来ないし、女官だって来ない。
サディとギルト以外、誰もこの部屋には来ない。
皆んなもすぐ疲れてしまうから、そう簡単には来れないのだろう。
「どうしようかな……」
部屋から出たくても、あの螺旋階段を自分で下りるのは相当骨折れるだろう。
……ただでさえ、今日は腰が怠いのだ。
それもこれも全て、あの変態で悪趣味で、その上意地悪な王様が原因なのだけれども……。
国王と水神の結婚について聞かされた後から、僕はハリルを極力避けるようにしていた。
けれど公務の合間を縫い、ハリルは食事に同席してくるので、定期的に顔を合わせるようだった。
聞けば本来王様は、通常住居がある南塔で食事をするものなのだそうだ。
(来なくていいのに……)
そう口に出しては言わないけれど、きっと態度に現れてしまっていたのだろう。
時折サディに注意されたり、ギルトにも「もっと話せ」と言われたりした。
(話せも何も、共通の話題なんて何もないんだもん)
そして、ハリルと一緒にいる時はいつも視線を感じる。
まるで「本当に水神なのか」と疑われているようで、それが凄く苦手だった。
最初は戸惑って敢えて視線を外していたけど、最近は意識して見ないようにしている。
僕が見ていないんだから、ハリルが僕を見ているなんてわからないのに――それでも自意識過剰なほど、「見られている」と感じるのだ。
なんと言葉で表現したらいいかわからなくて、むず痒いような、恥ずかしいような感覚で……。
取り敢えずもう、ハリルと一緒にいるのが辛いのだ。
それでも今までは、サディとギルトがいてくれた。
だからどんなに気まずくても、会話が続かなくても、困ったりはしなかった。
しかし二人は昨日の昼……仕事で暫く城を出て行くことになったのだ。
僕が書庫で二人を追い払った時、ハリルからこの話をされていたらしい。
一緒にその話を聞いていれば、どちらか片方だけでも城に残って貰えるようお願いできたかもしれないのに……。
(やっぱり、嘘なんてつくんじゃなかった……)
もう『仕事』と言われれば引き留めることはできない。
水神ではない僕のために、今までずっと、騎士団長の二人が側に居てくれているのだから……これ以上の我儘を言うのは申し訳ないと、そう思ったのだ。
――――――――――
昨日、昼食を食べて直ぐに、サディとギルトは隣国へと向けて出発した。
僕は城の外へ出ることを許可されていないらしく、城内での見送りとなった。
4〜5日程度の外出とのことだったが、この世界にきてからずっと一緒だった彼らと、何日も離れ離れかと思うと不安で仕方がなかった。
そしてその日の夜、早速ハリルと二人っきりで夕食を食べることになったのだ。
いつも食事をしている応接間に、いつも使っている大きいテーブル。
用意された席もいつも通り、ハリルの隣だ。
違うのは、並べられる料理と椅子が、いつもより少ないことだ。
(うわぁ……嫌だ。どうしよう)
ハリルと隣同士は近すぎて嫌だから、敢えて向かい側に座りたいと申し出る。
過保護に世話をしてくれるサディも、僕を揶揄うギルトもいない。
広い部屋が凄く静かで、それだけで緊張してしまう。
(やだなぁ……もう食欲なんて全然ないよ……)
僕の椅子は、レストランの子供用のように高く、腰掛ける時は必ずサディに手伝って貰っていた。
飛び乗ったりよじ上ったりすれば一人でも乗れるけれど……それをする前に、今回はハリルに手伝われることになった。
ハリルに触れられるのは、噴水の部屋以来だ。
「わっ……」
両脇に手を入れられ、ヒョイと椅子に乗せられる。
サディが何度もしてくれている行為なのに、変に意識してしまい身体が硬直する。
それでも、「ありがとう」と、座らせて貰ったことに礼を言った。
それが精一杯だった。
その後、一切の会話がないまま進められる食事は、緊張のせいか味など全然わからなかった。
(正面なんか座らなきゃよかった……)
視線を上げれば嫌でもハリルが目に入る。
そんなに食が太くない上、見られているプレッシャーでいつもより食は進まない。
それでも早く満腹にしなければと、水分の多い果物と、最初の食事会以降特別に用意されているお水で腹を膨らませた。
「ご馳走様です」
殆ど残してしまうのは勿体なく思ったけれど、そもそも最初から食べきれる量が出てるわけでもない。
早々に席を外そうとする僕を、ハリルはわざわざ向かいから回り、椅子から降りるのを手伝ってくれた。
「……あ……りがとう」
視線を合わせずお礼を言う。
できるだけ早く彼の元を離れたいのに、けれどハリルはなかなか手を離してくれない。
仕方なくハリルを見上げると、その目はやはり綺麗な金色をしていた。
(うわっ! どうしようっ!)
彼から直接結婚のことを話されるのが怖かった。
結婚なんて想像もつかない。絶対に無理だ。
けれど絶対無理なのに、きちんと拒否できる自信がないのだ。
「あの……」
「今日は湯殿を用意してある」
「え?」
ハリルの口から発せられた意外な言葉に、思わず目を見開く。
(湯殿……って、お風呂のこと?)
毎日洗髪と清拭で済ませているのに抵抗があり、風呂に入りたいとずっと愚痴をこぼしていたけれど……この国は水が貴重だから、あまり湯船に浸かることはないと聞いていた。
「……いいの?」
問いかける僕に「構わん」と一言告げて手を離された。
ハリルが目配せするだけで、女官が動く。
「ハリル……」
お風呂に入れる。そう思うだけで、心が躍る。
「ありがと……」
椅子の乗り降りを手伝って貰った時とは違う。
凄く嬉しくて、自然と顔も綻んでしまう。
お礼を告げると、何となくハリルも笑ったような……そんな気がした。
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