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088 南宮
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「あはは! ごめんごめん! やり過ぎちゃったよ!」
泣き叫ぶ僕の声を聞いて、ヴァンは手を引いた。
悪気など全くなさそうな顔をして、彼は笑う。
(本当に、悪気はないの……?)
一見無邪気な笑い方のその奥に、どこか暗い影がある。 この笑顔は、不自然なのだ。
「あれ? 泣いてる?」
グチャグチャに泣きながら抵抗していた僕を見て、彼は不思議そうに問いかけた。
「ほんと、も……やめて……」
ボタボタと止まらない涙。
けれど、それでもヴァンはまた笑うのだ。
「水神様って、本当ハリルのこと好きなんだね」
必死に隠そうとした思いも、取り付く暇もなく簡単にバレてしまった。
「ぅぅ……」
「大丈夫だよ。俺は王様にはならないし、なれないと思うから」
言葉の内容とは裏腹に、彼は楽しそうに告げる。
「ハリルに子供ができれば、どうせ俺の王位継承権もそっちに移るしね」
(こ……子供……?)
それは、もしハリルと僕が結婚した場合の事を言っているのだろうか……。
「子、供は……無理だよ……」
「どうして?」
「!!」
(どうしてって……)
子供ができないことは、当たり前のことすぎて、考えもしなかった。
「だって、僕……男、だし……」
「……え? それは知ってるけど?」
求められる答えがわからず、思わず顔をしかめる。
「見た目じゃわからなかったけど、おっぱいはないし、声もガラガラだしね」
「…………」
(な……なんか、色々失礼……)
思わず激昂してしまいそうな衝動にかられるが、それはグッと堪える。
だが、そのことをわかってるのなら……何故ハリルに子供などと、彼は言うのだろうか……。
(ああ……いやだ……)
一瞬過ぎった可能性を、無意識に否定する。
聞くのが恐ろしい。
それでも、聞かずにはいられないのだ。
「子供って……」
「あ、声ガラガラなのは、夕べいっぱいしたからなの?」
「なっ……」
僕が意を決して質問しようとしているのに、それを無視してヴァンは好き勝手に話をする。
それも、辱め、動揺を促すようなものばかり。
「ねぇ、中で出したの?」
「ぁ……」
「気持ちよかった?」
「っ!!」
もう耳を塞ぎたい。
答えられないのに……答えにくいこととわかって繰り返される執拗な質問。
「ねぇ、教えてよ。どんな体位でしたの?」
(もう、いい加減にして……)
「そ、それよりもっ……!」
思わず、大声で彼の言葉を遮る。
遮っておきながら、やはり聞くのは恐ろしいと思ってしまう。
「何?」
不機嫌そうに、ヴァンが問う。
「……ハリルの、子供って……?」
返ってくる答えを想像して体が震えた。
そして、身構える前にその答えは返ってくる……。
「ハリルだって、子供の一人や二人作るだろ?……南宮の、寵姫たちと」
(ちょうき……?)
それは、耳慣れない言葉だった。
それでも、ニュアンス的に感じるその言葉の意味。
「彼女達の誰かが身籠れば、直系で王位はその子にいくだろ?」
(彼女……たち……)
嫌な予感は、確信に変わる。
ハリルは、一国の王なのだ。
この世界だけではない。
向こうの世界でも……歴史の本や、他国の文化で学んだことがあるではないか。
そう、それは良くあることなのだ――――
わかってはいる。
わかってはいたが……。
(ハリル……)
胸の苦しさと同時に、また激しい目眩が襲ってきた。
「南宮……」
そこは、神殿や幼い妖獣を育てるところだと聞いていたのに。
「南宮に、寵姫……が、いるの……? 神殿とか……じゃなくて……?」
目眩がして、起きているのが辛かった。
でも、先程襲われかけた以上、迂闊に横になるわけにはいかない。
「知らないの? 南宮って、宮の中では一番大きいんだよ。その窓からも、見えるはずだよ」
ヴァンが窓に近づこうとしているのを察し、咄嗟に腕を掴んで止める。
窓に近づかれたら、シトに気づかれるかもしれないからだ。
ヴァンは、自分の腕を掴んだ僕の手と、僕を交互に見る。
ヴァンも王族なら、腕を掴まれたことなどないのかもしれない。
でも無礼かもなどと、躊躇っているわけにはいかない。
だから、必死に腕に力を込める。
声の調子に不機嫌さを残したまま、彼は続ける。
「南宮は神殿の中心は確かに神殿だよ。奥には妖獣の子供を育てる施設もあるし……つまり、大切なものが全部詰まってるのが南宮なんだ」
(大切な……もの)
「その中でも一番大きいのが、ハリルのハーレムだよ」
「 ハーレム……」
「そそ。まぁ水神様がいるなら、今はハーレムなんて、ただの性欲処理場みたなものだけどな!」
ハハッと、ヴァンの乾いた笑いが部屋に木霊した。
(ハーレム……)
頭の中で、ヴァンの言葉が何度も繰り返される。
「ああ、でも……」
ヴァンが、僕を見る。
とても、冷たい目で……。
「水神様は子供できないんだし、性欲処理は寧ろ水神様の方かぁ」
「……っ」
悪気がないのではない。
悪意があるのだ。
ヴァンは僕を疎ましがっている。
望まれていないのだ……水神など――――
(大切なものが、南宮に……)
この部屋で、窓の隙間から何度も見下ろした南宮。
そこに、ハリルの寵姫たちがいる。
(ハリルの、子供を残す為に……?)
「や……」
『そんなの嫌だ!』と、その言葉が喉まで上がってきた。
でも……水神ですらない僕に、それを言う権限などあるわけがない。
「大丈夫? 水神様、顔色凄く悪いよ?」
(水神様……)
ハリルと良く似た容姿のヴァンが、そう僕を呼ぶ。
これが、事実なのだ。
周りの好意に甘えて、ハリルの……王様の近くにいるのだ。
(僕はハリルを、騙しているんだ……)
胸が痛い。締め付けられるように痛い。
南宮すらも見下ろせるこの部屋で、立場を利用して、ハリルの一番近い所にいる。
(披露会をされたら……)
そうしたらもう後戻りができなくなる。
罪悪感で押しつぶされそうになるほど、重ねた罪が重くのしかかる。
――――それでも、ハリルの側にいたいと願う自分がいるのだった。
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