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143 変貌
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南塔最上階――――その階層に着くと、ヴァンが王の部屋の扉を開け、姿を現す所だった。
(なんということだ……)
前を歩む王も、それに気づいて足を止める。
扉に施されているはずの強力な結界が、中から押しやられてヴァンの形に歪められる。
王族特有の金色の髪が、その衝撃で後ろになびいていた。
「ああ、陛下」
ヴァンは何事もない様子でハリルを見て、まるで遮るように扉の前に立った。
「凄いですね、皆さんお揃いで」
ヴァンは乱れた髪をかき上げ、そして穏やかに微笑んでいた。
「ヴァン様、また……」
イズミが逃亡する前、ヴァンは許可なく水神の部屋に入り、昨日まで幽閉室に入れられていたのだ。
「また? ジーナ殿は、私が勝手に部屋に入り込んだとでも?」
しかし、首をかしげるヴァンに、思わず拳を握り締める。
今回は、私が許可を出したのだ。私に、彼を責めることはできない。
「ヴァン」
ハリルの声が、低く通る。
「中で何をしていた」
背中越しでもわかるその殺気に、思わず一歩下がる。両側に控える二人の騎士団長にも緊張が走っていた。
けれど――――いつも威圧するとすぐ引くヴァンが、王の怒りを正面から受けても全くたじろがない。
それどころか、余裕すら感じられた。
「イズミに、何をした」
重ねられる王の問いかけ。
(違う……)
それを受けるヴァンの雰囲気は、今までと全く異なってかある。
王位継承権を持ちながら、王になることを諦め……王に引け目を感じて卑屈な態度を取ることもあったのに――――殺気立つハリルが近づいても、未だ彼は部屋の扉の前から一向に動こうとしない。
「何かしたのは、陛下でしょう?」
ヴァンの落ち着いた言動が、余計に不安を煽っていく。
「可哀想に水神様……あんな仕打ちを受けて……」
(あんな仕打ち……?)
イズミの姿はこの5日、ずっと見ることが叶わなかった。
過度なまでに水神に執着している王が、逃げ出したイズミにどんな罰を与えたのか……そのことからは皆、目を背けていたのだ。
「……退け、ヴァン。目障りだ」
命じられても、ヴァンは引かない。
「なぁハリル、俺に水神様くれよ」
今度は敬語をやめた、いつもの口調。
それもまた、言葉の内容も挑発するような態度も、今までのヴァンとは明らかに違う。
「相当イズミに酷いことをしたらしいな!」
ヴァンの表情が口調と同じく感情的になってくる。
「普通あんな状態を放置して、外に出たりしないよな? いくらイズミが逃げ出したからって、あそこまですることないだろ!?」
怒りに震えるように声を荒げ、ヴァンは王を責め立てる。
それに……と、彼は尚も続けようとする。その表情の変化に、微かにハリルの肩が動いた。
「イズミがさ、俺のこと……好きだって言うんだ」
「……!!」
その言葉だけなら、嘘だと思ったかもしれない。
でも、ヴァンの表情は年相応のものへと変化していた。
今までの態度を一変させ、少し俯き頬を赤らめ、気まずそうにそれを告げる。
「なん、だと……?」
今度は明らかに、ハリルが動揺を示した。
「イズミが、ハリルより俺の方がいいって。俺と一緒に居たいって」
王がイズミに固執しているのは、明白な事実なのだ。
「だからさ、イズミを俺に頂戴」
そして――――追い打ちをかけるように、ヴァンは微笑む。
「イズミはさ、もうハリルとは口も聞きたくないって。嘘だと思うなら、本人に確認してみればいいじゃん」
挑発するような、ヴァンの視線。
「ハリル!」
「ハリル待て!」
後ろに控え、事の次第を見守っていたサディとギルトが声を上げる。
ヴァンの肩を激しく押しのけ、王は扉を開きイズミの元へと向かう。
しかしサディとギルトが部屋の扉に触れる寸前の所で、王の部屋の扉は閉まってしまった。
「ハリル!」
ギルトの悲痛な叫びと、必死で戸を叩く音が廊下に響く。
我らの力では決して開けることのできない結界が、再び扉に貼られたのである。
「あーあ、ハリル……あんなに慌てて……」
ハリルに押しのけられ、床に座り込んでいたヴァンが、ゆっくりと起き上がる。
(こいつのせいで……)
状況を読まずに行動するヴァンに、憤りを感じる。
「ヴァン様、本当にイズミ様が……」
――――貴方を好きだと言ったのか、そう問いただそうと思った。
でも、彼を見て――――その時、気がついた。
下卑た笑い方で、ヴァンは王が閉じた扉を見ているのだ。
「嘘、なのか……?」
それはヴァンから初めて感じた悪意だった。
彼がハリルを好ましく思っていないとは知っていたが、こんなにも明確に悪意を表すことなど、今までになかったのだ。
ギルトもサディもヴァンを見て固まっている。
「今度も――――また俺を幽閉室に入れるんだろ?」
そう笑いながらヴァンは言う。
「ほら、連れてけよ」
王の結界を破れるほど、こんなにも強い妖力を、いつの間にヴァンは身につけていたのだろうか……。
それほどまでに強い力があるのならば、幽閉室ではもうヴァンを捉えきれない。
勝ち誇ったように笑うヴァンの――――その下卑た笑い方は、酷く気に触るものだった。
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