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183 過去
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「イズミの声が、サディと被った」
その言葉に、過去の出来事が蘇る。
それは苦い……そして遠い昔のこと、もう思い出すこともない記憶であり、そして思い出さないようにしていることでもあった。
「………いつの話だ」
逃げるように、階段を一段降りる。
そして、今度は身体ごと振り向き、ギルトを真正面から睨みつける。
ギルトと誤って関係を持ってしまったのは、若かりし頃、学院に通っている時だった。別に、そこに恋愛感情があったわけではない。
「ずっと昔……だな」
ギルトが階段を一段下り、そう告げる。それに合わせて俺もまた一段下がる。
「そう、昔の話だ」
若気の至り。 若さゆえの過ち。あの時、何となくそういう雰囲気になり、そうなってしまった。ただ、それだけのことだった。
お互いそのことはもう話さない。そんな暗黙の了解のようなものがあったのに、なぜ急に彼はこの話を持ち出したのか。
「なぁサディ」
ギルトはなおも話を続けようとする。
この話を持ち出されたことで、俺はまるで裏切りにでもあったかのように驚愕していた。
ギルトも俺と同じように、あのときの記憶は封印したものだと思っていたからだ。
「俺は、イズミのことは弟みたいに思ってる」
けれとギルトは声色を変え、いきなり真面目な顔でそう告げてきたのだ。
「……は?」
その目が凄く真剣で、だからこそ真意を測りかねて戸惑った。
「…………お前、イズミに変な感情なんて抱くんじゃないぞ?」
けれど、ギルトの口から聞かされたのは思いもよらないものだった。
「……ん?」
「だから、サディ! お前、イズミのことは諦めろ!」
(諦める……?)
「な、何を言って……」
真剣な目のまま、ギルトは尚も続ける。
「どんなにイズミを想っても、イズミはハリルと結ばれるべきなんだ。だからそんな風に落胆するのは……」
「だから! 何を言ってるんだ、ギル!」
勘違いをしているギルトに苛立ち、思わず声を荒げてしまう。
「俺は、イズミのことをそういう目では見ていない」
「……え?」
否定しても、尚もまだ訝しげな表情のギルトは固まっている。
「本当か? だってお前……」
寧ろ俺も、ギルトこそイズミに対して間違った感情を抱いているのではと疑っていた。
「ハリルにとって……この国にとって、イズミは大切だと思ってる」
俺が言葉を続けるのを、ギルトはずっと真剣な顔で聞いている。
――――紅い、燃えるような目だ。
「もともと、水神であるイズミはハリルのものだ。そういう対象として意識したこともない」
「そ……うか……」
ホッとしたような表情。
先程までの性的な雰囲気は、もうなくなっていた。
「悪い、サディ……ハハッ」
いつもの彼の笑顔。もう、普段通りのギルトに戻っている。
「最近、お前妙にイズミと距離をとるし、変だったからさ……心配してたんだ」
笑いながら、ギルトが俺の二の腕をバシリと叩く。
「……っ!」
(この、馬鹿力め……)
ギルトは手加減したつもりだろうが、思わず痛みで眉を顰める。
それでもいつも通り、彼に微笑み返す。
「色々、俺には思う所があるんだよギルト。お前みたく気楽に見守るなんてできないだけだ」
「そうか。だからって、あんまり考え込むなよな? 何かあったら俺にいつでも相談しろよ?」
ギルトは俺の横を通り過ぎ、階段を下り始める。
どうやらお互い、とんでもない誤解をし合っていたようだった。
その誤解は解けたけれど、このまま笑って終わりにするのは出来なかった。
「ギル、もう二度と、昔のことは持ち出すなよ。勘弁してくれ」
「あー……本当だよな」
振り向いたギルトは、少し遠い目をして笑った。
「つい、うっかり思い出しちまった」
その虚ろな目は、過去のギルトを思い起こさせる。
「俺はもう思い出さない。あれは若気の至りだ」
「そうだな。俺もそう思ってる」
昔は幼馴染みとして、そして今は騎士団長として同等の立場だ。今も昔も、彼のことは同志としてしか見ていない。ギルトも、俺と同じ感情を抱いている筈だ。
「……今度思い出したら、殺すからな」
「ハハっ! わかってるって」
明朗に笑うギルト。完全に元に戻った俺たちの関係にほっとした。
「それで、落ち着いたのか?」
「ん?」
惚けるギルトの股間を指さす。
先程まであった膨らみは、随分と落ち着いていた。
「ああ、まぁな。それにしてもサディはよく平気だったな」
その言葉に、思わず苦笑いが出る。
「ずっといたら危なかったから、すぐ逃げてきたんだろう?」
イズミを恋愛対象として見ていなかったとしても、あの場にいるのは難しかった。
「俺たち、男の子だもんな」
確かあの時も、ギルトはそう言って過ちを犯したのだ。睨みつければ話をそらすように、ギルトが呟く。
「あの二人が出てきたら、絶対に見せつけられるぞ?」
「確かに、ここぞとばかりに見せつけてくるだろうな」
俺もさも嫌だというような顔で告げる。
すぐに噴き出して、冗談だとだと言うように笑い合えば、俺たちの関係も元に戻るのだった。
(気を使わせていたか……)
確かに、一人で色々と考え込みすぎているかも知れない。
「ありがとな。ギルト」
そう先を歩くギルトに声をかける。
ほんの少しだけ振り向いたギルトは、ハハハと乾いた笑い声をあげる。
それだけでも、なんだか心が軽くなったような気がした。
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