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185 子女
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何処かイズミと似た雰囲気を持つ少女。その笑顔にもまた、イズミと同じように不思議な魅力があった。
「ユキエ様……というお名前、聞きなれない発音ですわ。出身はどちらでいらっしゃいますか?」
そう問うと、彼女はふんわりとした笑顔で笑う。
「私は、占術の村の出なのです……」
「まぁ! 占術の……! そうなんですの……」
占術の村、少人数で過ごすその村は他と大きく違い、村人の全てが白の一族だ。紅、蒼、紫、と並ぶ、この国の四大侯爵家の一つ。
そして占術の村は、水神がこのリースリンド国に現れるという宣託を最初にした村でもある。
白い髪に灰色の目をもつ種族で神事を執り行う司祭などを白の一族が従事している。
白の一族にしては珍しく、黒い瞳が印象的な少女は、何処か寂しげな微笑みを浮かべる。
「ですので……私も先日までは、水神の候補者だったのですよ」
「はい……存じております」
宣託以降、寵姫に上がってくる女たちは大抵皆、水神の候補者だった。
けれど、こうしてユキエが処罰されることもなく、無事にこの城にいるのならば、恐らく彼女は誰かから推される形で候補に挙がっていたのだろう。
白い髪、そして黒い瞳。
その姿は確かに神秘的でもあった。
「けれど、私は水神様ではございませんでしたから……」
にこやかな笑顔の裏に、今までよりも激しい悲しみが見え隠れする。
「本当に、畏れ多いことです」と、そう語るその表情は、剪定に振り回された一族の娘の複雑な胸中を表しているのだろう。
「この景色を見れば、今いらっしゃる水神様が、きっと本物なのでしょう……」
窓の外に視線を向け、彼女はうっとりと外を眺める。
「きれい……」
そう言った彼女を見て、彼女もまた美しいと思った。この景色の前に佇む彼女は本当に妖精のようだった。
そんな彼女の唇から、聞きなれない言葉が発せられる。
『**……********……』
どこの言葉だろうか――――何故かそれが耳に触る。
学院にも通い、教養はある方だが、ユキエが話す言葉は聞いたことのない言い回しと発音だった。
占術の街の出身ならば、何かしらの「まじない」の言葉なのかもしれない。
(大丈夫ですわ……気にすることなんてないですわよね)
胸にかかる濃い霧のようなものがかかる。
やはり何と言ったか聞き直そうか――――と、そう思った時に、廊下をかけてくる女官の姿が目に入った。
「リディ様、サディ様がお呼びです。水神の部屋の前まで来て欲しい……と」
副女官のミーアだ。託けを預かり伝えに来てくれたのだろう。
「ええ。わかりましたわ!」
(水神の部屋……ですわね)
先程までの疑念は晴れ、心が高鳴る。
兄のサディが、女官のミーアを使って自分を呼ぶ……その必要があるのは、水神の存在が絡んでいるからなのだ。
窓の外の素晴らしい景色を齎してくれたイズミ。
あの可愛らしい少年が、この国最大の希望なのだ。
「ではユキエ様、わたくしはこれで失礼致しますわ!」
「はい。是非またおしゃべりにお付き合いくださいませ……」
足取りも軽く南塔へ向かう。
一度振り向いた時、ユキエはまたうっとりと、窓の外を眺めていた。
――――――――――
駆けていく二人の女官を見送り、少女はまた窓へと視線を戻す。
空を見上げ、夕闇が迫る空を見上げる。
『本当……久しぶりの紫の空……』
そして、先程と同じ言葉をもう一度繰り返す。
『陛下と無事お気持ちが通じあったみたいで……良かったわね?』
少女は窓際の下に目線を写し、壁に張り付く妖獣に語りかける。
壁に張り付く、白い身体。黒い瞳の大きな妖獣。
その妖獣は、あまりにも少女に酷似していた。
『ね……? シト』
少女が笑いかけると、白い妖獣はとても嬉しそうに、その大きな羽根を広げた。
少女は妖獣が飛び去るのを見送る。
南宮に隣接する本館の南塔。
隣接していたとしても、寵姫の宮殿は摂理から離されるように本館からは遠い。
妖獣はその南塔まで真っ直ぐに飛んで行く。
まるでそこに、主がいるというように。
――――「水……神……」
少女の足元で黒い影が蠢く。
徐々に人の形を取り始める「ソレ」に向かって、少女はまた柔らかく微笑んだのだった。
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