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松岡の日常 2
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「さ、遠慮しないで入れよ。」
戸惑う俺を見てか、困ったような表情をするその人。
「お、お邪魔します。」
俺は恐る恐る家の中に入る。家というか、パン屋の裏口だ。パン屋と家の玄関はつながっているらしく、パンの香ばしい匂いが立ち篭めていた。
「狭いとは思うけど、我慢してくれ。」
そう言って、すぐ近くの麩(ふすま)を開けるその人。中はこじんまりとした和室だった。家の主であるその人は俺の前を歩いてちゃぶ台の周りに座った。そして「君も適当なところに座りなよ。」と俺を案内した。俺は言われたままにそこへと座る。
「あ、いけない。お客さんにお茶を出さないといけないな。」
嬉しそうに微笑みながら、すぐ近くの戸棚から急須とお茶の葉を取り出す。ポットのお湯が、急須の中へと注がれていく。
「さ、どうぞ。」
湯気を立ち上らせた湯呑を渡される。
「あ、ありがとうございます。」
「へえ、君ちゃんと御礼言えるのか。」
湯呑を口へ持っていったその人がお茶をすする前にそう言った。俺は意味がわからなくてただ固まった。
「あ、突然こんなこと言われたら誰でも戸惑うか。」苦笑いをして続ける。
「実は、普通ならば学校に行っているだろう時間帯にあの公園でふらついている君を見かけたときは、荒れた少年なのかと思っていたんだよ。そうだね、ちょっと違うけどヤンキーとかそんな類(たぐ)い。でも、ちゃんと敬語を話すし落ち着いているし、御礼もちゃんと言える。だから、ああ、この子は普通の子なんだって思っただけだよ。」
普通の子、ね?
「俺、荒れてるんです。」
呑気に笑っているその人に俺は言い放った。
すると、お腹が鳴った時と同じくらい笑われた。
「どうして、笑うんです?」
「い、いや、だって。俺荒れてるんですってくるとは思わなかったんだよ! 現在進行形ってところが、もうセンスを感じるわ。」
お腹を抱えてゲラゲラ笑うその人に、俺は若干苛立った。
「拗ねんなよ。」
「拗ねてません。だいたい、あなたは誰なんですか? どうして俺をここに連れてきたんですか?」
「ああ、名前言うの忘れてたな。俺は須々木 純(すすき じゅん)だ。自営業でパン屋を営んでいる。ここのな。まあ、店長だ。そう言う坊主はなんて名前だ?」
「俺は、松岡若葉。高校3年生。」
「ほう、若葉って名前か。何か女の子みたいだな。」
また、俺の目の前で須々木さんは笑った。
あーもー何なんだ? この人。
「お、そろそろ出来たてのパンが食えるぞ、喜べ少年!」
気前のいい人なのだろう調子良くそう言って立ち上がった。
「ほら、出来たてのフランスパン! 外はサックサク中はふわっふわだぞ。」
一本のフランスパンを須々木さんが俺の目の前に持った来た。正直、とてもお腹が減っていた俺はよだれが出そうだった。
「どうした? 食わねーのか?」
ずっと動かないでいる俺を見て、不思議に思ったのだろう。
だが、俺は困っていた。
だって、フランスパンが一本丸々目の前に皿の上に置いてあるだけなのだから。
「えっと、須々木さん。」
「おう、なんだ?」
「これ、切らないんですか?」
「は? 男ならちぎって食え! ちぎって!」
ゲラゲラと笑いながら言う。どうしてこう、この人は何かいう事に笑うのだろうか。
実際、家ではちゃんと切ったものがお皿に乗っている。だが、それは母が礼儀よく食べないと気がすまない人間だからだ。ちぎって食べてもいいだろうに、決してその様な豪快な食べ方は認めてくれない人だった。よく言えば品がいい。悪く言えば窮屈。
俺は、目の前のフランスパンをちぎって口にした。
「……う、上手い。」
くやしいが、その美味しさは本物だった。須々木さんは俺の様子を見てにやにやしていた。
「そうだろ? 上手いだろ? 作った甲斐があるよ。」
そんな言葉も耳には入らない。なぜならそれくらい無心に頬張っていたからである。
「ごちそうさまでした。」
「すごいな! お前!」
俺は、一本全てを平らげてしまう。本当はその気はなかったのだが、美味しいのがいけない。
「須々木さん、ありがとうございました。」
俺は礼を言いながら頭を下げた。すると……
「礼はいいよ。俺も自分が作ったパンをこんなに美味しそうに頬張る奴は初めて見た。嬉しかったよ。……そうだ!」
ぱあっと明るい表情を見せる須々木さん。俺は不審に思って仰け反ってしまう。
「な、何ですか?」
「お前、明日から俺のところでバイトをしないか? というのもな、ずっと一人でやってたんだが体力的にきつくって!」
目をキラキラと輝かせる須々木さん。
「そんな簡単に決めていいんですか? 見ず知らずの子をアルバイトに雇って大丈夫なんですか? それに俺はパンを作れませんよ? あと、うちの高校バイト禁止ですし。」
「ああ、そうなのか……。じゃ、俺の家の息子になれ!」
「は?」
「だってお前、家に帰り辛いんだろう? 本当の息子にはなれねーけど、俺の家を寝泊りする場所に使ってもらって構わない。その代わり、学校から帰ったらパン屋を手伝ってもらう。報酬はお駄賃として払ってやるよ。これなら、バイトじゃねーし、お前も俺もwin-winの関係だろう? 特しかない! そして、学校卒業したらここでアルバイトしろ!」
「え、まあ。はい。」
俺はその提案にのることにした。
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