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家に来たばかりの頃の弟は情緒不安定だった。
昔は啓太の家族は事故で亡くなった、と聞かされていた。
本当は自殺だったのだけれども。そのことを知ったのはつい最近だ。
自分自身も入院するくらいの大怪我を負って、家族を失ったのではそれも仕方ないと当時の俺は思っていた。
弟は中途半端に記憶を失くしていて、1人にされることと「母さん」という言葉を極端に怖がっていた。
自分の親兄弟、どういう暮らしをしていたのかを一切覚えていなかった。
だからおふくろのことを「優子さん」と名前で呼び、現在もそれが定着している。
俺も昔は「優斗くん」と呼ばれていて、いつしか「兄ちゃん」、だんだん生意気になって「兄貴」と呼ぶようになった。
弟は、異常に俺に懐いた。というか俺だけにしか懐かなかった。
家の中では決してそばを離れようとしなかった。
ちょっとでも俺がそばを離れると、何故か弟は押し入れに隠れて息を殺してじっとしていた。
弟がそんなんだから、少なくとも家の生活に慣れるまで俺は学校を休んだ。そのせいで修学旅行には行けなくて、だから小学校の卒業アルバムは大きくなった弟が気にしかねないと思って隠しておいたのだ。
弟はよく悪夢に魘された。
なかなか寝付けないでいて、ようやく眠ったと思ったら「兄ちゃん、兄ちゃん」って泣き叫んで起きるのだった。
「俺はここに居るよ」って言ってやると安心したように抱きついて目を閉じるのだが、またすぐに「兄ちゃん兄ちゃん」ってぐずるのだった。
だから、睡眠導入剤が手放せなかった。
その時弟が呼んでいた「兄ちゃん」は俺じゃなかった。
啓太には、半分血の繋がった兄がいた。
その「兄ちゃん」を呼んでいたのだった。
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