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まだ全部ではないのだが、最近少しずつ弟は昔のことを思い出してきているようだ。
顔や名前は覚えていないけれど優しい兄がいたこと、その母親のこと。その二人は、啓太の親父のせいで自殺したこと。
自分も殺されかけたけど死ねなかったこと。
おふくろに聞いた話らしいのだが啓太は「兄ちゃん」の父親の隠し子だったらしい。
父親が多額の借金と隠し子の啓太を置いて姿をくらましたため「兄ちゃん」の母親からは冷たい扱いをされ、代わりに啓太を気に掛け優しくしてくれたのは「兄ちゃん」だったようだ。
その「兄ちゃん」のことも、存在すらも覚えていなかった弟は無意識のうちに俺を「兄ちゃん」と重ね合わせていたのかもしれない。
そうすれば、俺にしか懐かなかったことに説明がつく。
「兄ちゃん」って呼んでいいよ、と言ったのに頑として「優斗くん」と呼んでいたのはどこかで俺が本当の「兄ちゃん」じゃないと気付いていたからではなかろうか。
「兄ちゃん」と呼ばれたのはいつの頃だっただろうか。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーー!!兄ちゃんっ、兄ちゃん!!」
夜中、弟の泣き叫ぶ声で目を覚ます。
「啓太、啓太!俺を見ろよ!ここにいるだろ。啓太!おい!!」
いつもだったらすぐに泣きやんだのに、何故かこの時には俺の声は聞こえていないようだった。
目を虚ろに見開いてそこから大量の涙が頬を伝って落ちて行く。
「やだっやだっ!!兄ちゃん、兄ちゃん!!」
大きく肩を揺すっても背中を擦ってみても全く反応を示さない。俺なんか存在していないみたいだ。
あまりのうるささに、隣の部屋で眠っていたおふくろが様子を見に来た。
ひとしきり泣き喚いたあと、ぷつりと糸が切れたように安らかな眠りに落ちた。
このことが何を意味しているのか、分からない。
それからだ。俺のことを「兄ちゃん」と呼ぶようになったのは。
その日を境に、少しずつ弟は変わっていった。
俺にべったりなのは相変わらずだったけれどおふくろにも慣れていったし、睡眠導入剤を飲まなくても俺が傍にいると眠れるようになった。
たまに魘されているようだったけれど泣き叫ぶようなことはなくなった。
前は怖がっていたけれど外に出ることもできるようになったし、だいぶ時間は掛かってしまったけれど小学校に通えるまでになった。
弟はどう思っているか知らないけれど辛い過去なら、思い出さなくてもいい。
今、少しでも多くの幸せを弟に感じて欲しい。
愛しい愛しい弟に、俺がそれをあげられたらと思う。
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