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保健室
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気が付いたら真っ白な天井が広がっていた。
ここはどこなんだろう。
僕は確か気分が悪くなって倒れてしまったはずだ。遠くのほうでクラスメイトが騒ぐ音や担任教師のあわてた声が聞こえた気がするが、夢だと言い切られてしまえばそれまで。
とりあえず周りを観察してみる。ほのかに香るエタノールの香り、清潔さをまとった室内の雰囲気に保健室なんだ、と思う。
やっぱり倒れてしまったんだ。第一印象は最悪に尽きる。無口な奴が学級委員長に立候補した瞬間倒れた非力な男子。良いものとはいえないイメージを植え付けてしまったのだろう。
これから僕はどうすればいいんだ。
変われると思っても、何も変わらないじゃないか。まだ弱くてダメなままだ。
手のひらを翳すが相変わらず白すぎる手があるだけ。
唐突に猛烈な失意が僕を突き飛ばした。
声を出そうとしたがうめき声でかすれてしまう。一度開いてしまえば簡単に閉じてくれない僕の喉。次々とこみあげてくる失望が眼からも流れてくる。
もうやだよ。一人ぼっちも変われない自分もなにもかもが。
生きている意味なんて、あるのかな。
「だれかいるんですか」
カーテンで仕切られている隣のベッドからそんな声が聞こえた。僕はびくっとする。自分のことで頭がいっぱいだったので隣人がいるとは思わなかった。気づいていたらもっと抑えて泣いていたというのに。
急いで涙をぬぐってベッドの上で正座をする。同時にゆっくりと開かれるカーテン。
出てきたのは少し顔色の悪い男性だった。あの廊下ですれ違った先生。思いがけない登場人物に目を丸くする。僕の顔が面白かったのかくすりと笑われた。
「少し体調が悪くてね。寝かせていただいてました」
柔和な微笑みを浮かべると目元の控えめな皺がきゅっと寄る。人柄を感じさせる笑顔に僕は俯いた。まぶしい。
「あっ…」
「申し遅れました。私は空野と言います。ここで理科の教師をやっています。貴方の名前はなんですか?」
灰色に使っていた後に色のある光景を見てまた涙が浮かぶ。なんでこんなことぐらいで泣いたりするんだろう僕。弱い証拠だ。
「それよりどうかしましたか?貴方も体調が悪いんですか?」
まさか緊張しすぎて倒れて運ばれましたとは言えず曖昧に誤魔化す。一体何分寝ていたのだろうと備え付けの時計を見上げる。4時7分をさした頃だ。2時頃だったはずだから、もう2時間も寝ていたらしい。
「教室に戻らないとっ…」
ベッドから降りようと足を床につけるが襲う眩暈に耐えられず、また倒れこんだ。向こう側で先生が「大丈夫ですか」と心配そうな顔で僕を見ていた。上からのぞき込まれている瞳は、確かに暖かくて。僕を見ていてくれていた。しっかりと心配の愛をこめて。
無機質な目玉たちとは違い、ちゃんと人間として僕を見てくれてる。
せっかく抑えた涙がこぼれ始める。
倒れたまま泣きだした僕をおっかなびっくりとあわてる先生。
「だっ大丈夫ですか?まだ気分がすぐれないのですか」
体を乗り出した僕を不安げに見下ろす端正な顔立ち。
ゆっくりと体を起こして先生と同じ目線に視線を合わせる。困ったような表情に少量の戸惑いが足される。
綺麗な目だ。一つの絵画みたいな、そんな素敵な光景。
触れてみたい。そう思った僕はよこしまなのだろうか。一つの芸術をなぞりたいと願う心。逆らおうとして逆らえるものではない。探究心などでは説明できない欲求に手を伸ばした。
頬をなぞるぐらいなら許してくれるはずだ。恐る恐る伸ばした手は二本に増えた。なぞろうとした指は五本になって。
抱きついた僕の全体重を受け止めた空野先生は床に腰を尽きかけるが、泡を食って自分が寝ていたベッドに尻をつかせた。
案外細い首に腕をまわし、寛容な胸に顔を埋める。暖かい。
「ひっ…う…うわああ…!なんで、なんで僕はっ…僕なんだっ…!」
泣きごとを吐き捨ててひたすらに涙を流す。
先生にはきっと意味がわからないだろう。でも先生は何も言わず僕が泣きやむまで背中をさすってくれていた。
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