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調理室
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僕は馴染めた気がする。2年C組という集団に違和感なく。はじきだされるようなことはおきなかった。やっぱり第一印象が大事なんだね。僕だって初っ端から倒れるような人をよくは思わないだろう。
今日の家庭科の時間は調理実習を行うようだ。カップケーキをみんなで作るらしい。
手際良く皆生地を作ったり材料を刻んだりしている。
僕も何とか彼らの役に立とうと奮起する。
もう二度とはぶられるのは嫌だからね。難しくて困っていると笑いながらボウルを取られた。嫌がらせの意味などなく、ただかわってあげるよという好意に、思わずにやけてしまった。
「彼方君。そこの砂糖取って?」
「うん。どうぞ」
あの澤田さんまで僕に接してくれている。陰で僕の悪口を言っていたとは思えないほどの態度に何も言えなくなった。
A組から持ち上がった生徒も僕のほかに何人かいたが、彼らは僕へ話しかけてくる。まるでいじめなんかなかったみたいに。複雑な心境だった。石ころみたいに蹴り転がされていたというのが夢みたいだ。
もちろん夢じゃない。全部現実だ。
でももうつらくないよ。君たちにいじめられてなかったら先生に会えなかった。ありがとうって言いたいぐらいだよ。ちょっぴり感謝してるけど、たぶん心から好意的にはなれないだろうな。
「できたカップケーキは各自自由に持ち帰ってください」
僕の手に残ったのは小ぶりのカップケーキ。チョコチップが装飾されている。自分で言うが結構いい出来だと思っている。ラッピングをしていると澤田さんが僕の肩に手を置いてきた。
「彼方君は誰にあげるの?」
「えっ…そっその…」
一人しかいないじゃないか。言い淀む僕の言いたいことが何となくわかったようで澤田さんはきゅっと眉間にしわを寄せた。目じりにしわはない。
そうなの。と返事をした澤田さんの顔はなんだかつまらなさそうで。僕はその意味を尋ねようとしたが澤田さんはほかの女子のところに行ってしまった。なんだったんだろう。
とにかく僕はまだカップケーキが熱を持っている間に先生へ渡したかった。駆け足で理科室へ飛び込むと、びっくりしたように作業をしていた先生がこちらに振り向いた。
「彼方。どうかしたのかい?」
「先生っ!これっ僕作りました!」
はいっ!と元気よくカップケーキを差し出すとまじまじと観察される。
「これを君が?すごいねとてもおいしそうだ」
そんなうれしそうにしてくれたらこっちまで照れちゃう。いやいやと顔を赤くして首を振る僕に先生は微笑する。僕の手からカップケーキをつまみとり、白衣の内側に入れた。
「うん。ありがとう彼方。後でいただかせてもらうよ…それと」
何か言い続けようとした先生の全身がひきつった。先生?どうしたの?そう尋ねようとしたのと同時にせき込む。苦しそうな咳だ。痰が混じっている。
「先生っ!?」
「大丈夫っ…ただの、喘息です…」
そうは言うものの咳はひどくなっていくばかり。先生の喉の奥から聞いたことのない乾いた空気が漏れる。やだよ、こんな先生見たくないよ。
背中をなでてあげることしかできない自分がもどかしい。しばらくすると呼吸は落ち着いていきふぅっと先生が一息を吐き出した。
元に戻った先生は疲れ切った笑みで「ありがとう」と僕の頭をなでた。なでられるのは好きなのでつい目を細めてしまう。僕の合図に気づいたらしく先生は戸惑ったように手を離した。応えてくれないのかな?物足りない表情をして見せる。
なんでしてくれないの?と聞く前に先生が口を開いた。
「ほら次の授業が始まるよ。早く行きなさい」
「はい、失礼しました!」
ちょっと欲求不満のまま理科室を出る。でも内心は晴れやかな青空だった。
先生に喜んでもらえたなぁ。あんなに嬉しそうにされたらまたあげたくなる。今度は家で作ってみようかな?それより先生が何好きか聞かなきゃ。まだまだ知り合って間もない。これからゆっくりお互いのことを知っていけばいいよね。時間はあるんだし。
でも何だろう。ますます不安が募っていくんだ。
幸せなはずなのに。終わりが近づいてくるようなカウントダウンが耳鳴りを呼んだ。
先生の背中、あんなに細かったっけ。
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