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懐かしい感触
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「…信幸、ご飯できたよ」
目を開けると浩之の姿が目に入った。
あの頃と変わらない、優しい笑顔で
僕を見下ろしている。
「あぁ…」
浩之に心配をかけないようにそっと笑って
重たい体を起き上がらせる。
本心ではない笑顔を作るのは簡単だ。
社会に出ればそんなもの、嫌でも身につく。
自分の作り笑顔は上手いと思う。
だけどそんなもの、浩之には通用しない。
なんだって見透かされている。
昔も今も、変わらない。
だけど、浩之は優しい。
「今日も会社だろ? 早く食べな」
こうやって、何も知らないふりをしてくれる。
だからかな。
この優しさに、甘えたくなる。
**
「これ、持っていきな」
玄関で靴を履いていると 浩之に声をかけられた。
浩之が手渡したのは 少し歪なおにぎりと卵焼き、
そしてウィンナーが入った弁当だった。
決してバランスがいいとはいえないし、
見た目もいいわけじゃない。
だけど、とても温かかった。
「…ありがとう」
自然に笑みが零れる。
そんな僕を見たからか
浩之はどこか嬉しそうだった。
「いってらっしゃい」
ドアを開けて外へ出たとき、
その言葉はたしかに聞こえた。
懐かしくて、少しむず痒い言葉。
朝方の空気がひんやりと僕の頬を撫でる。
空には雲ひとつなく、
僕を励ましている様な気がした。
「……いってきます」
部屋のドアに向かって小さく呟く。
もちろん中からは何も聞こえてこない。
きっとこの言葉は 浩之に聞こえていないだろう。
聞こえていたら 少し気恥ずかしい。
浩之は、何も知らなくていい。
何も、知って欲しくない。
もし知ってしまっても どうか知らないふりをして。
気づかないふりをして。
僕のこと。僕たちのこと。
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