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写真と真実
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…いい匂い。
ダイニングキッチンから漂う匂いに誘われ
寝室を出る。
ドアを開けると手際よく調理をする彼がいた。
「あ、もう少しで出来ますよ」
あぁ、と笑って答えて ソファに腰掛ける。
時間が経ったからと言って
腰のだるさが抜けるわけではない。
何かとても重いものが乗っかっているような感覚。
だけど その感覚までもが、愛おしいと思える。
そんな時。
テレビ台の隅にある、
2つのシルバーリングと伏せられた写真立てが目に入った。
それに引き寄せられるように立ち上がり、
勝手に手を伸ばしていた。
花の模様があしらわれた白い額縁。
その中には。
「佐伯さん?」
写真に釘付けになっていた僕は
彼の呼びかけが聞こえなかった。
というより、時間が止まったような気がした。
全身の血が引いていって、寒気と恐怖に襲われる。
「…あ…、ごめ…」
「なんで見たの?」
僕の言葉を遮るように発された言葉。
怒りを携えた口調。
顔が、見れない。
「…ごめんなさい…ッ」
写真立てを元の場所に置いて、急いで服を着た。
荷物も何も持たずに部屋を飛び出す。
外は暑いはずなのに、何も感じない。
蝉の鳴き声も、何も聞こえない。
ただ自分の心臓の音だけが煩い。
「…はぁ…、ッ…は……ぁ」
呼吸がうまくできない。
胸になにかが詰まったみたいに苦しい。
立ち止まって下を向くと、
何かがアスファルトを濡らしていることに
気がついた。
一滴ずつ、落ちては広がる染み。
「…は…、はは…ッ……」
乾いた笑い声は、次第に嗚咽へ変わっていった。
行き交う人の目なんて 気にもせずに、
ただ泣いた。
「ッ…ふ…ぅ…、…う゛…ぅッ…」
目に焼きついた、あの写真。
学生服を着て、照れ笑いを浮かべる相沢と
その隣で、幸せそうに笑うセーラー服の女性。
2人の手には、見覚えのあるリング。
最初からわかっていたはずだろ?
いつか終わりが来ることなんて。
それでも、最後の最後まで
終わりなんてないと 信じていたかったんだ。
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