アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
録音
-
事務所に着いたのは0時08分。
俺のマネージャー以外は全員帰っていた。
「早速、急ぎで録音しよう」
彼の合図と共にスタジオに入る。音響係の人はもういなかったので、急遽マネージャーがすることになった。
PRも演技も、マネージャーからリテイクが出ることはなかった。
俺も、つかんだ。そんな感じがした。
多分、これも全部ワタルと練習したおかげ。
最後、一番掴むのが難しかったLibraの主人公エクト。
ワタルは俺に、お前らしくやれとアドバイスをくれた。
俺らしく。俺の言葉に。
台詞1。ゆっくり、優しく。そして、相手を諭すように。
さっきは台詞しか見えてこなかったけれど、今の俺には分かる。この言葉の本当の意味が。
犯罪者として国から追われる兄を持つ弟。その弟に、俺は兄のよさを伝えるんだ。
「俺にはこの絵が何を意味しているのかは分からないけど。でも、綺麗だと思う。君のお兄さんは、本当はいい人なんじゃないの?」
台詞2。
世界から消えた光を取り戻すために、生け贄に選ばれた俺。
石堤の階段を下りた先で、俺は本当は生きたいと思っていることに気づく。
「違う...!本当は、俺はそんな優しい人間じゃない。あのとき、火を護ったのは。ただ怖かったからだ。俺が、俺を護ってくれた火を失うことが怖かったからだ」
__________
スタジオに余韻が残る。
なんか寂しいな。もっと、エクトをやっていたい。
これで録音は全て終了。時刻は午前一時半。
音響室には、いつのまにか天野さんもいた。
演技に集中していた俺は、そのことに全く気づかなくて。
見られてたんだ。
もはや手遅れだが、心臓がバクバクいっている。かなり恥ずかしい。
事務所の鍵をかけ、東京の街へ一歩踏み出す。
「初出社、お疲れ様」と天野さんは声をかけてきた。
ぼーっとする俺。
多分、酸欠。今日は喋りすぎた。集中力さえもう残っていない。
と、首もとに温かいカンの感触。
後ろを見なくても。なんとなく、その人が誰か分かった。
「今日は遅くまで付き合ってくれて、本当に有難うございました。長谷川さん」
いくら俺のマネージャーといえど、ここまで残業に付き合う義理はないだろう。
初めは、『怖い人』としてしか認識していなかったが、案外心はいい人なのかもしれない。
「貴方の根気に負けましたよ。それと、今日のミスはすいませんでした」
早く受けとれ、とカンを首に押し付けてくる彼。
見ると、コンポタだった。
流石マネージャー。俺の好物を知っているらしい。それかたまたまか。
別れ際、長谷川さんは変なことを言ってきた。
「首もとの、撮影のときは消しておきましたが、次は公共の目も気にしてくださいね」
首もと?
なんのこと言ってるのだろう。
天野さんに聞くと、「キスマークのことじゃない?」とあっさり答えられた。
俺もケータイで確認してみる。
確かに、服の襟で巧いこと隠れているが、小さな模様が微妙に見えなくもない。
見に覚えのない罪。
「彼女?」
「まさか」
「マキノくんって、案外破廉恥だね」
「冤罪ですよ!」
風呂のときはなかったはず。
昨日の夜から今日にかけて何か無かったかと心当たりを探してみる。
首もとなんて、なんか凄いことしない限り、なにも跡残らないだろうに。なんで、そもそもキスマークなんだよ。蚊じゃないのか。いや、断じてまだそんな時期ではない。
ふとフラッシュバックされる好景は、朝食を作っているとき。
寝惚けながら歩いてきた天野さんは、俺にもたれ掛かかったときチクっとしたぞ。絶対あれだ。
「犯人、天野さんじゃないっすか!」
ぽりぽりと頬をかく彼。
「俺、そんなに寝起きやばかったの?」
朝食での会話を思い出したのだろう。
「俺が飯作ってるとき。天野さん、俺を誰かと間違えてたみたいですよ」
「それ今日の収録と同じ状況かも。アフレコ中感じたデジャブってそれか。本当ごめんなさい」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
34 / 129