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バー「インディゴ」
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時計は時刻20時ちょっと前。
晩飯の後、そのまま帰るもんだと思っていた俺は、天野さんが家ではなく違う場所へと向かっていることに違和感を感じていた。
それは、俺のよく知る道。
でも、まさか。
この先には、天野さんが行くはずのない店。
ある扉の前で、彼の足が止まる。
『貸切』
バー「インディゴ」の名前が淡いインディゴカラーの照明に照らしていた。
コンコンと、玄関の扉をコツく天野さん。
「さ、入って」
天野さんに促されるまま、扉を開ける。
「オーナーどういう・・・・」
どういうことですか。
そう言おうとした俺の言葉は、賑やかな騒音によってかき消された。
頭からドバっと、紙ふぶきを被る。
クラッカーの音、
オーナーの鳴き声、
お客さんの笑い声、
宿人先輩やその他バイト仲間の声。
今までのインディゴバイト出身者や、監督、音響監督までがここに勢ぞろいしていて、
中には、空さんや陸さんなんかもひょっこり混じってる。
「主役の登場だね~」
宿人先輩が言うのと同時に、天野さんのエスコートで俺はバーの真ん中へ連れて行かれる。
ちらっと天野さんを見ると、彼はイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
「マキノくん、初めてのデビューはどうだった?」
常連のハルさんが、椅子に座ったまま声を上げた。
「あ・・・えっと・・・」
目の前の光景に頭が追い付かない。
そんな俺を察してか、オーナーが優しく俺の肩に手を置く。
「あの!初めて本物のアニメの線画にアフレコしたとき、息が詰まって出来ませんでした」
ゴクリと唾を呑む。みんなの目が一斉に俺を見てる。
後ろの方にいる海さんを見た。彼は、笑顔で俺の視線に答えてくれる。
「でも、優しい先輩が助けてくれて。その・・・、俺足引っ張ってるとか考えるよりも、今俺が出せる最高で、彼らと一緒に声吹き込みたいなって、思いました」
天野さんがコツンと脇を小突いてきた。照れ隠し、だったりして。
「俺、今スゴイ嬉しいです。これからずっと感謝を忘れません。今日時間を割いて集まってくれた先輩とか、お常連さんとか、監督さんたちとか。オーナーに」
・・・・・・。
両親と、
カガリとかに。
「これからも俺、夢持ち続けて頑張ります。だから、よろしくお願いします」
最後に頭を下げた。頭が真っ白で、ただ口に出てきた言葉をポンポン言った。どうにでもなれ。
拍手がバー中に広がる。
続いて、オーナーが奥からドリンクを持ってきた。
オレンジジュースや、カクテル。 あとは、デザートやおつまみ。
まずは一人ひとつ、カクテルが渡される。
「あの、俺未成年・・・」
宿人先輩にそういうと、つべこめ言うな、新人の癖に。と頭をわしゃわしゃされ言い返された。
ここからはオーナーが指揮をとる。
「マキノくんのデビューを記念して、乾杯ー!」
_____1時間後。
俺は結構酒に強い方らしく、べろんべろんに酔った客人のお守りをする羽目になった。
集まってくれた人の中には、あらゆるジャンルで活躍している人がいて、俺はその人らと挨拶を交わすたびに毎度、オーナーの顔の広さに驚かされたっけ・・・。
バイトの先輩には、俳優とか、歌手とか、声優さんがいて、彼らのデビュー時も、こうやって盛大に祝って貰ったらしい。
にしても、各々に各方面で名前が知れ渡っている人ばかり。
凄い人たちが集まってたんだなあと感心させられた。
「あれっ、今回Libraのオープニング曲を担当してる方ですよね?」
見た目、長身でジャニーズにいそうな鼻の高い好青年。
ふんわりと、いい匂いがする。
「はい。ZaZaのボーカル、菊池真(きくちまこと)です」
驚いた。Libra関係者がほとんど来ていることにも度肝を抜かされたが・・・。
しかも彼、今をトキメクスーパースター。うなぎ上りの人気ぶりらしい。
だから今回のアニメソングに起用されたとかって音響監督が言ってたような。
「実は、Libraの作曲をするにあたって、牧野さんの声を何度も聞かせてもらいました。ほら、オーディションの時の」
多分、ボイスレコードの声だと思う。
歌詞を書き終わったのがCM撮影のギリギリ一週間前とかって聞いた。
「綺麗な声だなって、一瞬で好きになりました。まさか、こんな形で会うことができるなんて」
はに噛みながら、そう言う彼。
「いや!俺も、菊池さんの歌すごい好きです。一度監督に出来上がったCM見せてもらったことがあって、一発でハマりました」
照れる彼。
女の子から人気あるのも、分かる気がする。
こういう反応ひとつひとつが、完璧なんだ。
「牧野さんって、今19ですよね?」
「はい!8月生まれなんで、今年で20になります」
「やっぱり!オレも、今年20!えっと、よかったら、タメで話しません?」
いきなり、顔の表情が軽くなった。
そっか、さっきまで業界関係者が多かったからか。
「あ・・・えっと、菊池さんがいいなら、是非!」
縮こまって返事を出す。
俺は新人でまだ無名だから、いいのかなって少し思えた。
「じゃあ、名前!名前、ソラって呼んでいいですか?」
それを聞いて、和む。
菊池さんでも完璧じゃないのか、やっぱり。
「それじゃ、タメと敬語混ざってますよ」
「そっちこそ!」
指摘された。
「あ、そっか・・・。ソラ!全然いいよ!俺も、マコトって呼んでいい?」
そういうと、少し考える彼。
「それはファンの子がオレ呼ぶときの名称と一緒だから、よかったら捻って考えて」
「まことだから・・・まっちゃんってどうかな?」
そういうと、笑い出した。どうやら気に入ったらしい。
俺も釣られて笑い出す。
「オレのお母さんも、そう呼んでた・・・!懐かしいな~」
そっか。最近は、忙しくて家とも連絡取れてないのかもしれない。
「オレ、名前売れ出してから、こんなプライベートなこと他人と話すの初めてで。ちょっと楽しい・・・かも」
---
「俺『菊池誠』ってもっと堅物なのかと思ってた」
「なんだよ、それ」
「普段のまっちゃんが、優しいって意味じゃん」
また笑い出す彼。どうやらつぼったらしい。
「ライン教えて。またオフのとき、飯行こ」
それから何時間か過ぎて、今日はお開きとなった。
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