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初心に帰る。自覚。
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今日は午後までスタジオ入りだった。
急遽昨日撮れなかった分の埋め合わせ。
俺が撮れなかった所為で、音響編集や動画の最終工程に遅れが出ている。
反省の気持ちと共に、アニメに対して少し発見があった。
『俺1人で演じてるんじゃない』
養成所にいた頃、何度も言われた言葉。
それが今日は頭の中を木霊した。
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1人で入るアフレコルームは、酷く広く感じた。
いつもはここに少なくとも20人はいる。
音響室にも監督やスタッフが待機しているはずなのだが、都合がつかなかったようで、俺と音響監督、マネージャー、そして監督の4人だった。
いざマイク前に立つと、脚が震えだした。
養成所で初めてアフレコをしたときを思い出す。
林檎先生が俺の背中をバシンと叩いて、それから同期のワタルが吹いたんだっけ。
それまでワタルの笑った顔は見たことがなかった。
目を一度閉じて、深呼吸をする。
集中だ。
手に持つ台本には、セリフのタイミングを示した秒数が書かれている。
昨日、皆がアフレコをしている際に書き込んだものだ。
俺が目を開けると、画面に映像が表示された。
次いでマイク越しの音響監督の声が入る。
『本番行きます。 5、4、3、2…』
神経を研ぎ澄ます。昨日の皆の声を頭の中で再現して。
「おはよセージュ!オレさ_________」
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_______
「お疲れ」
スタジオルームから出ると、監督が満面の笑みで話しかけてきた。
「この業界には慣れてきたかい」
その言葉は今の自分にはグッときた。
昨日の事件はマネージャーの長谷川さんに伏せて貰っている。
しかし、監督には心を見透かされてるんじゃないかと思った。
正直に答える。
「まだ全然です。色々難しいんだなって実感しました」
嫉妬、妬み、運。人間関係や作成の裏側、視聴者の受け止め方や、俺自身の悩み。挫折していく友だっていた。
「辛い?」
外の廊下で壁にそってある長椅子に腰掛けていると、そっと隣に座ってくる監督。
「…今は少し」
少し時間が空いて、彼から返事が返ってきた。
「複雑だよねえ」
貫禄のある声。彼自身の経験を思い出しているような声色だった。
天井を見上げる。
そうだ、監督は俺よりもこの業界に俺の生まれる前からいたんだ。
彼に対する信用が強くなった。
「今度、一度アニメの作成現場を見ることって出来ないですか?」
朝から思っていたことを口に出した。
アニメは俺1人で作っているんじゃない。
それは同じ共演者のことでもあるし、アニメを作成している人たちのことも意味している。
もちろん、作者や応援してくれている人を忘れてはいけない。
俺は俺のことしか見えてなかった。
「興味があるのかい?」
「はい。どうしても見ておきたいんです」
予定の日を決めて、俺は録音スタジオを後にした。
明後日の午後19時。
一歩ずつ、声優として自覚していく自分を感じた。
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