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天才画家が盛り付けると、料理まで芸術的になるらしい。
太陽を模した半円のオムライスの周りに、色んな食材が彩りよく並べられ、海から昇る朝日の様子を描いてる。
パプリカ、ニンジン、キュウリ、もやし、ピーマン……その他色々のありふれた野菜で飾られたオムライスは、パッと見オムライスには思えねぇ。
ちなみに肝心のオムライスはっつーととっくに冷めちまってんだけど、「絵」を仕上げんのに夢中な画家には、気になることでもねぇらしい。
ついでに言うと、流し台もコンロの上もスゲー有様になってっけど、それも目には入らねーようだ。
玄関入った瞬間から、ぷーんと美味そうなニオイがしてたから、大体予想はついてたけど、色々と想像以上だった。
「小林君、見て」
天才画家が、得意げな顔でオレを呼んだ。
じゃーん、とばかりにテーブルの上を指差されて、「スゴイっスね」と力なく誉める。
こんだけの芸術を作んのに、どんくらい時間かかったんだろう?
パシャッとデジカメで写真を撮った後、躊躇なくオムライスを食べ始める画家を、ちらっと見る。
料理を作ってる、イコール仕事をしてねぇってことで、クライアントの秘書としては、あんま歓迎できなかった。
この、料理上手の天才画家の名前は、青木彩人。
興味ねーからよく知らねーけど、海外の賞を幾つも受賞してて、そっちの世界ではかなり有名なんだとか。
その天才画家に、うちの若社長が絵を依頼したのが半年前だ。
本社ビルの、吹き抜けの玄関ホールに飾る絵ってことで、500号つったか、かなり大きなサイズになる。
奥のアトリエに描きかけの絵が置いてあるけど、黒板やホワイトボードよりデカくて、それが縦置きになってっから、最初に見たときはビックリした。
つっても、「世界最大の油彩画」って言われてんのは9メートル×27メートルだっつーし、それに比べりゃ、3メートル前後っつーのは、まあ常識的な大きさだろう。
このサイズの絵を描くのにどんくらいの時間が必要なのか、そんで、この若き天才画家にそれを依頼すんのがどんだけ高価なのか……その辺は、オレには分かんねぇ。
業界の専門の年鑑を見りゃ、画家1人1人の1号当たりの相場も載ってるらしいけど、わざわざ調べる程には興味がねぇ。
どうやら若社長と青木は古い知り合いらしいけど、どういう知り合いなのかも知らされてなかった。
オレは若社長の秘書の1人で――。
「アイツのとこに通って、進行状況を週1で知らせるように」
そんな業務命令を受け、派遣されてるただのリーマンに過ぎなかった。
この半年、定期的に通って分かったことは、青木の料理が芸術的だってことと、すげー気まぐれだってことだろうか。
「絵を描く気分じゃない」
そう言って1日中ごろごろしてる時もあるし、うちの依頼そっちのけで、画用紙サイズの絵をさらさらーっと描いてる時もある。
いつもいつも芸術的な料理を作ってる訳じゃなくて、普通にカップラ食べたりもする。
トーストにチョコペンで落書きして、にっこにこ笑ってる時もあるし、ケチャップでハート描こうとして、うまくいかないって何度もやり直ししてる時もある。
「気が向かないときに描いても、思うようには描けないよ」
そう言われれば、「早く描け」って催促する訳にもいかなくて、ちっとも進んでねぇ絵を眺め、ため息をつくしかなかった。
オレの仕事は、依頼した絵の進行状況を、週1で社長に報告することだ。天才画家をせっつくことでもなけりゃ、ましてや身の回りの世話をすることでもねぇ。
なのに、ついあれこれ家事を手伝ってしまうのは、青木が料理以外の家事が、何もできねぇからだった。
いや、何もってことはねーか。洗濯くらいはできるだろう。全自動洗濯乾燥機で、洗剤入れてピッとボタン押すだけでいーもんな。
ただ掃除とか後片付けとか、整理整頓とかがどうにも苦手らしい。
家全体が広いから足の踏み場もねぇって感じには見えねーけど、とにかくいつも、散らかってる。
「こんなに汚くしてて、気になんねーんスか?」
前にやんわりと注意したら、「うん」ってこっくりうなずかれた。
「見なければ、気にならない」
って。言ってる意味が分かんねぇ。どうすれば散らかってる部屋を見ねーようにできんのか、その心理も分かんなかった。
唯一分かったのは、本人に片付ける気がほぼねぇってことだ。なし崩し的にオレが片付ける羽目になる。
甘やかしちゃいけねーとは思うんだけど、でも、片付けに何日も費やされるよりは、さっさと絵を描いて貰う方がイイ。
はあ、と1つため息をつき、ごちゃっと散らかった流し台を見ながら上着を脱ぐ。
ネクタイと腕時計を外し、シャツの袖をまくると、後ろから「これもっ」と差し出される、空になったオムライスプレート。
「ごちそーさまっ」
何がこれもだ、と文句言う暇もなく、天才画家は食った後の食器をダイニングテーブルに置き去りにして、すたたっとアトリエに戻ってった。
相変わらずのマイペース、自由気ままぶりに目まいがする。
オレだって周りから「マイペースだな」ってよく言われるけど、青木に比べれば可愛い方だ。
もっかい深くため息をつき、天才の使った食器をさっさと運んで、スポンジに洗剤をちゅっと出す。
淡々と食器を洗いながら、考えんのは依頼した絵の進行状況だ。
満腹になっただろうし、機嫌もよさそうだし。その調子で、どんどん進んでいきゃいーけどな。
こんくらいの手伝いで早く絵が仕上がるなら、家事を手伝うのも悪くねぇ。
さっさと絵を納入して貰い、仕事の依頼も終了させて、従来の勤務体系に戻りてぇってのもあったけど――何よりオレ自身、早くアイツの完成作品が見たかった。
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