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空気
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そんな静かなやり取りをしていた僕達の耳に舞い込んできた会話。
それは、鋭利な刃物のように心を抉るものだった。
「そーだ。柚瑠、今週の土曜日暇か?」
「暇だよ」
「じゃあさ、映画行かない?試写会当たったんだ」
「え!行く行く!タダ映画行く!」
………え?
ウキウキと楽しそうな笑い声にノイズが混じる。キーンと甲高い耳鳴りと息苦しさ。
映画…?土曜日?
なにそれ…勇くん…?
勇くんは喜ぶ柚瑠を真っ直ぐに見つめ、嬉しそうに笑う。綺麗な笑みで。柚瑠だけに。
僕に向けるモノとは違う。特別なモノを。
僕には?ねぇ、僕には何か言うことないの?
たった数メートルの距離にいるのに、彼には柚瑠しか見えていない。僕がどれだけ心で訴えかけたって気が付きもしない。きっと、元々気が付く気も無い。
この場にいるのにどうして柚瑠だけにその話をするの?どうして、今誘うの?
抉られた心から赤黒い液体が滴り落ちる。
今この場にいるのは勇くんと柚瑠だけ。僕はまるで空気のようだ。
信じたくない現実。最初から勇くんはこのために…朝あの場にいたんだ。僕の事なんて二の次。オマケ。柚瑠がいたから、立ち止まって僕を待ってた。僕を待つことは勇くんの意思じゃなかった。
最初から僕なんて存在しなかったみたいに、2人は隣合って教室に向う。
置いていかないでよ…勇くん。
2人の邪魔をしないといけないのに、空気の僕は動けなかった。ただその背中を眺めているだけ。
ドン底なんて生易しいものじゃない。真っ暗な深海に沈んで、水圧に押し潰されてグチャグチャになった気分だ。
全部グチャグチャ。
「アイ…ツ……くそっ!!!」
バンッ、と敦が靴箱を叩く音でやっと息を吸い込んだ。
「先越された…」
苦虫をかみ潰したような苦渋の表情を浮かべ、悔しそうに敦は呟いた。
悔しい…?違う。悲しい。憎い。
柚瑠のせいだ。
「………」
見えなくなった広くて大きな男らしい背中。僕がいつも追いかけている背中。
そんな彼の隣は僕が居てこそ輝くのに。
柚瑠…許さないよ。
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