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愚痴る
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その後も僕は空気みたいに存在感がなくなっていた。
数人に斎之内遥海との関係について聞かれたけど、無表情に否定すればそれ以上しつこくは聞いてこなかった。
それどころか僕の異様な雰囲気に近づいてくる者はいなかった。今はその方が嬉しい。
こんな状態でまともに授業を受ける気力も湧かず、ただぼぅっと時間が過ぎるのを待っていた。
放課後。僕は真っ直ぐ部屋に帰る。教室に残ってサッカー部を眺める気分じゃない。
「帰ってくんの早いな。どうした?」
「別に」
部屋にいたアイツも、僕が部活終了時間近くに帰ってくると思っていたらしく、驚いていた。
別に僕がいつ帰ってこようが自由じゃん。
気が立っている僕の空気を察知したアイツは、マジマジと僕を見つめて「ふーん」とだけ感想を述べ自室に入っていった。
その反応もまたイラつく。何か話しかけてきたら八つ当たりとか出来たのに。こういう時に限って空気読むなよ。
自室に鞄を投げ捨て、部屋着に着替える。白地のTシャツにグレーのスウェット。部屋でぐらい気を抜かせてくれ。
「くっそ…」
ぐるぐる回る朝の光景を振り切りたくて、枕を叩いたり布団を叩いたり、ベットの上でバタ足をしてみたりしたけど一向にいなくならない。
勇くんと柚瑠のツーショットがぐるぐるぐるぐる回って回って…。
「だァァァァ!」
「おい。頭大丈夫か?」
頭の中の2人を吹っ飛ばす勢いで掛布団を投げ捨てたと同時に扉からアイツが顔を覗かせた。
無駄に真剣な顔付きで僕を見つめる。侵入禁止を守って、入っては来ないけど、ノックも無しに勝手に扉を開けるなんて礼儀がなってない…それも禁止にしておけばよかった。
「何?」
「何って…そんだけ騒いどいて自覚なしか」
「ノックぐらいしろ」
「何回もした。…部屋から暴れる音と奇声しか聴こえないからついにイカれたかと思ったんだよ」
呆れた口調で言われたって、聞こえなかったもんは聞こえなかったし、暴れるのも声を上げるのも不可抗力だ。
こうでもしないと、頭も心もパンクしてしまう。
そんな僕の気持ちなんかコイツには一欠片だって分からないんだろう。苦悩もなく伸う伸うと生きていそうだ。
「はぁ……」
「人の顔みてため息つくなよ」
「………はぁ」
コレが勇くんだったなら…。そう考えたら止まない思考。けど、現実に目の前にいるのは斎之内遥海。これが溜息をつかずにいられますかって話だ。
「何があったんだよ」
片肘をついて視線を宙に飛ばしていた僕に対して、アイツは不躾に問いかける。
こう言う場合は何も聞かずにそっとしておくのが普通だろ。というか、さっき察して何も聞かなかったじゃん。え、そういう事じゃなかったの?ただ流しただけ?
なんか、それはそれでムカつく…!
「言わないし」
プイっと顔を逸らし枕に突っ伏した。
もう放っておいてくれ。勝手に暴れてるから。
そう願ったのも虚しく
「どうせ勇くんだろ?」
奴は鋭く言い当ててしまう。
「………。」
否定すればよかったのに、それすら出来ないぐらい僕は弱っていたらしい。
沈黙は肯定。よくドラマで使われるセリフだ。実際その通り、ぐうの音もでない。
「泪、こっち来い」
「は?やだ」
「いいから。愚痴ぐらい聞いてやる」
フッと笑ってから、奴はリビングへ姿を消した。
うるさいのがいなくなった……って、普段の僕なら扉を閉めてしまうのに、ベットから起き上がりリビングに向かう僕がいる。
どうかしてるよ。
アイツが座っているソファーの隣に、一人分開けて腰掛けた。
「それで、お前がそんな弱ってる理由は?」
「別に…弱ってないし」
チラリと隣のヤツの顔を不満げに仰ぎ見れば、ただ僕の言葉を待っていた。急かしもせず、嫌味も言わず…ほんの少しだけ…優しげな瞳で。
そのせいで、言うつもりのなかった事情が口からペラペラと出てしまった。今日の朝あったこと、僕が思ったことも…。
嫌いなコイツに愚痴るはめになった。
一通り話し終え、ふぅと一息。こんな話聞いたら誰だって心痛めて、僕に同情するだろう。
…けれど、アイツは例外中の例外だった。可哀想な僕に向かって発せられた一言目が
「なるほどね。…まっ、仕方ないんじゃねーの」
……。楽観的。超絶適当。
もっと他にかける言葉があるだろう!こういう時は、共感して一緒に文句をいったり、はたまた励ましたり...。
「うざっ」
「事実だろ。仕方ない。もう過ぎたことだ」
確かにそうだ。もう過ぎたことをどうこう言ったって、仕方ない。でも、僕が言いたいのはそうじゃなくて!
この心にあるわだかまりを軽くするために愚痴ったのに、話した相手の反応が薄いと話したかいがないというか、すっきりしないというか…余計に腹が立つ。
「うっっっざ!」
「フッ、俺に同感しろなんて無理に決まってんだろ」
「うるさい」
「勇くんひどいねー、泪可哀想ーって言ってほしかったのか?」
「うるさいってば!」
揶揄されて咄嗟に出た手を逆に捕まれ、グイッと奴の方へ引かれた。
そんな行動すると思ってなかった僕は引かれるまま奴の膝の上に倒れ込んでしまった。
「痛い!」
「よしよーし。元気出せ」
起き上がって非難しようとしたが、それより先にアイツが僕の頭をワシャワシャと撫で回した。
犬を撫でるより雑な手さばきだ。
「もぁぁ!やめろ!」
奴の手を掴んでやめさせ顔を上げ、睨んだ先にあったのは含み笑いだった。
「ムカつく…」
掴んだ手を払って、起き上がりソファーの端まで避難する。
危険物に最大限の警戒を発した。そして、背中にあったクッションを手に取った時、アイツが口を開く。
「お前もそのうち、勇くんを誘えばいいだろ」
奴からのアドバイスは僕だって思いついていた。てか何回か誘ってデートだっていったことあるし!
デートが羨ましいのもある。だけど、今問題なのはそこじゃない。
僕は1度も勇くんから誘われたことが無い。
「自分から誘うのと相手から誘われるのとじゃ天と地の差があるんだよ!」
我儘な子供みたいに、分かってくれないアイツにクッションを投げつけた。
僕が誘って何回も行った自称デートよりも、勇くんが誘った1回の方が何千倍もの価値があるんだ。
そのたった1回が欲しくて頑張っていた僕の目の前で、それを掻っ攫っていかれた。
その相手が柚瑠なんだから…気が気じゃない。
奴は腕に当たったクッションを膝に乗せパフパフ弄りながら、首をかしげた。
「そんな心配しなくても、あのド天然が1回のデートでどうこうなる玉じゃなさそうだけどな」
「デートじゃない!映画を見るだけのあ・そ・び!」
ボソッと思ったことを呟かれ、噛み付くように否定した。
デートだなんて認めない。絶対。
「じゃあその遊びで何か起こる確率はかなり低いから安心して大丈夫だろ」
「そうとも限らないじゃん…起こるかもじゃん」
何にも現状を分かっていないからそんなことが言えるんだ。
映画の相手が別の誰かなら心配なんていらない。だけど、違う。
小さなきっかけがあれば『何か』が起こるかもしれない、勇くんと柚瑠の距離感はそんな所にある。
それぐらい傍から見て…親密に見えるのだから。
目頭が熱くなり、目の前がぼやぼやと水面のように歪んで来た。
「珍しく弱気」
「……グスン…うるさい」
「泪。泣くなよ」
「泣いてないし」
俯いた僕の頭に伸びてきた手。ポンポンと2回軽く叩いていなくなる。
「そうしてると可愛い」
「……ッ!お前に言われても嬉しくないし!!馬鹿野郎!アホ!」
また馬鹿にした顔をしていると思っていたのに、整った綺麗な顔がそこにはあって、細目られた瞳が真っ直ぐだった。
「お前に話して時間無駄にした!!」
大声で叫んで、部屋に駆け込み大きな音を立ててドアを閉めた。そして両手で頬を包みドアを背にフラフラとしゃがみ込む。
ホント…最悪!大っっっっ嫌い!!
頬がほんのり熱いのは勇くんのこと考えたからだ!
その後しばらくその場に固まっていた。
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