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頬
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軽い音を立て開いた扉の向こうで、美紗希さんがメイク道具を広げていた。
「美紗希さん…」
「あ!泪くん!今呼びに行こうと……どうしたの?」
ウキウキと瞳を輝かせていた美紗希さんの顔が僕を見た途端に曇った。
僕はそんなに酷い顔をしているのかな。
感情を隠すのは得意のはずなんだけど、うまく笑えない。
「…と、とりあえず座りましょ!」
美紗希さんが引いてくれた椅子に腰をかけた。その隣に美紗希さんも座り、どうすればいいのかとオロオロしている。
「あの、美紗希さん」
「はっはい。」
「僕…どうしよう…」
そう弱音を吐いた瞬間、ピンと張っていた糸が緩み僕の瞳から大粒の涙が溢れた。
頭の中がぐちゃぐちゃしている。
この涙はなんだ。怖かったのか?いやそうじゃない。アイツが…遥海が殴られたから。でも何で泣いてる?泣きたいのは遥海の方なのに。モデルの顔に傷なんか付けさせて、これじゃあ元も子も無い。それならむしろ僕が暴れて追放された方が良かったんじゃないか?
そもそもあの時アイツらに、釣り合わないとか言わなければよかったんじゃないか?大人しく従っとけばよかったんだ。だけど僕は反抗して…それなのに、無傷で…。
何コレ…。僕が悪いのに、泣いていいわけない。責任から逃れたくて、被害者面したいだけだ、こんなの。泣くな!止まれ!
ヒクッヒクッと落ちる嗚咽を無理やり止めようと歯を食いしばり、勝手に溢れる涙を服の袖で強引に拭い零れないように上を向いた。
「泪くん…大丈夫よ」
「み…さき…さん?」
「落ち着いて深呼吸しましょ」
僕の背中に繊細な手が乗せられ、優しい手つきで撫でてくれる。そして、美紗希さんがすぅーはぁーとする深呼吸に合わせて僕も息をいっぱい吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
数回深呼吸を繰り返すと、大分落ち着きを取り戻した。
「大丈夫?」
「はい…すみません…急に泣いて」
「ううん、いいのよ。でも…何があったか聞いてもいいかしら?」
美紗希さんの聖母のような安心感に当てられ、コクリと頷きポツリポツリと今さっきあったことを話した。
僕の主観と感想ばかりのそれを美紗希さんは相槌を打ちながら気長に聞いてくれた。
「そんなことがあったの…」
「…僕がっ…僕のせい…」
ギュッと服の裾を握しめた手の上に美咲さんの手が諭す様に乗せられた。
「泪くん。それは違うわ。悪いのはあなたを連れ出した2人であって、泪くんのせいじゃないわ」
「僕が悪いんです!!」
美紗希さんの言葉を遮り僕は机に突っ伏した。
美紗希さんの慰めなんかいらない。
人に話しておきながら、何も言って欲しくないなんておかしな感情だと思う。でも仕方ないじゃん。自分が自分で分からないぐらい変なんだもん。
僕のせいったら僕のせいなんです。ただそれだけなんです。
塞ぎ込んでしまった僕に美紗希さんが困ったように息を吐いた。
困らせてすみません。でも今はちょっと無理。
しばらくその状態が続いたが、徐ろに扉が開かれた。
「ぁ…遥海…」
美紗希さんの声に対して大袈裟に肩を跳ねさせてしまった。
カタリと椅子を引く音で美紗希さんが立ち上がったのだと分かる。そして、アイツの元に歩み寄った。
「大丈夫ですよ。こんなの全然」
多分、美紗希さんがアイツの頬を見て心配そうな顔をしたんだろう。それに対してアイツの声はやけに明るかった。
「でも…」
「大丈夫ですから」
美紗希さんが次に言おうとしたこと、その頬を心配する言葉を、無理に押さえ込むようにアイツは言い切った。
「話、聞きました?」
「うん…だいたい」
「なら話が早い。今日はもう帰らせてもらうことになりました。こんな状態で撮影なんかする気も起きないし、めんどくさいし丁度良かったです。あ、泪も一緒にですよ。なので準備して、さっさと帰りましょう」
神妙な雰囲気の美紗希さんと、謎に元気なアイツ。
なんでそんな元気なんだ?何考えてんだよ。
「そうね…でも…あの…」
「任せてください」
「そう…ね。じゃあ私車取ってくるわね!2人ともここで待ってて。寮まで送ってくから!」
何を『任せてください』なのか。流石に僕でも分かる。僕を『任せてください』って意味だ。
美紗希さんのパタパタと駆け出し、部屋に2人きり。
微動だにせず突っ伏している僕。その隣、さっき美紗希さんが座っていた場所にアイツが来る。
「泪」
「………。」
気持ち悪い声。コイツはこんなにも優しい声が出せたのか。
「どこか怪我してないか?」
「っ……」
自分はしてるクセに、人の心配か。
なんだよ、それ。
「…してない」
「ならよかった」
「何がよかった、だ」
ホッとして少し笑ったアイツに突っかかる。
八つ当たりだ。分かってるけど自分じゃ止められない。
顔を上げると、あの憎たらしい顔があるのに、その頬には痛々しい赤みと唇には傷跡が残っている。
せっかくの綺麗な顔が台無しだ…。
「お前は怪我してる」
「んーまぁそうだな。殴られたし」
「全然よくないじゃん!!」
僕はこんなにこんがらがっているのに、なんでお前はそんなに呑気なんだ。
もっと文句とか言えばいいのに。
キッと睨みつけているのに、ユラユラと視界が歪んでくる。
そんな僕を見て、やっぱりアイツは優しく笑う。
「よかったんだよ。泪に何も無くて」
「よくないよ…」
「フッ。あのまま密室に連れ込まれたら、どうなってたか分からないだろ?顔の傷なんかそのうち治るけど、心の傷はそう簡単に治らないだろ?」
「………」
そう…かもしれないけど…。
俯いた僕の頭に手が乗せられ、髪を梳くように撫でられる。
「それに、俺より先に泪の身体に触れるとか許せるわけないだろ。もしそうなってたら、アイツらのことボッコボコにして警察行きになってたかもよ?」
「……変態野郎」
冗談で言ったのか本気で言ったのか定かでは無い。
それでも腑に落ちない僕の長いウィッグの髪を弄んでいた手がふと止まった
「お前が責任感じる必要なんかない」
「でもっ!」
急に向けたれた真剣な眼差し。
あぁ…居心地が悪い。甘やかすな。
黙りこくった僕に対してアイツはコロッと表情を変えて、楽しげに笑った。
「どうしても責任取りたいなら…意地悪するけどいいの?」
おどけた様に言うのに、こういう時に限って逃げ道を作る。嫌な奴だ。
逃げられないのを知っていながら僕に選択させるんだ。
本当に…甘い。
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