アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
咲
-
今日は午後、学校に業者が入るからとかで全学年午前授業となっていた。部活動も禁止。
そのため全ての授業を終えた後は、いつにも増してうるさい教室。
みんな揃って教室から出るため廊下も人でいっぱいだ。
この間を縫って進むのは至難の業で、僕には無理そうだ。
はぁ...と、人込み嫌いが顔に出てしまわないように気を付けながら、人の波に身を任せてゆっくり前に進んでいた。
そんな時、最悪なタイミングで僕に招かれざる客が訪れる。
「なぁお前天音だろ?」
明らかに危険な色を含む声を無視しそうとしたが、階段の前の広いスペースで肩を掴まれて無理に引き止められた。
振り向くと、予想通り。ガタイのいい生徒が2人僕を見てニヤついていた。気持ち悪い。
一瞬にして碌でもない奴が碌でもない要件を持ってきたのだと理解した僕は、すっと瞳を細めた。
「そうだけど。誰?」
鬱陶しくて、その手を振り払い睨みあげると、その2人は益々下品に大口を開けて笑う。
汚らしい態度。僕を見下し、変な目で見てくる。
「うわーあの噂マジじゃん」
「怖い怖い。そんな睨まないでよ」
ゲラゲラ笑って、大声を出すそいつら。僕にだけではなく、周囲にいた生徒たちにも視線を飛ばす。
どうやら周りの注目を集めようとしているようだ。
馬鹿馬鹿しくて最高にウザい。
付き合いきれないと判断した僕は、何事も無かったかのように歩き出した。
「待てって。俺らちょっと聞きたいことあってさ」
それなのに、僕の前に回り込み再び引き止められ、ウンザリする。
周囲では立ち止まって僕とコイツらのやり取りを傍観する奴らまで出てきた。
「早くしてくんない?急いでるんだけど」
思わず出そうになった舌打ちをぐっと我慢して、言葉を吐き捨てる。
嫌な空気。こんな所1秒だっていたくない。
適当にあしらって帰ろう──そう思っていたけど
「天音さ、失恋したんだろ??」
「は?」
耳を疑う驚愕な台詞に一瞬にして頭が真っ白になり凍りついた。
僕の異変を察知した2人は顔を見合わせ、またゲラゲラと頭が悪そうな声を出して笑う。
「勇のこと好きだったんだろ??」
「それなのに柚瑠と付き合い始めちゃったもんな」
何でバレているの…?あの噂…?
一気に駆け抜ける疑問と怒り、そして恐怖。
こんなにもギャラリーがいる中でのカミングアウト。
最悪だ最悪だ最悪だ。
「失恋かぁ。可哀想に…」
「だから、俺らと遊ぼうぜ?慰めてやるからさ」
嫌だ。気持ち悪い。近寄るな。
触れようと伸ばしてきた手を叩いてから、はぁと大袈裟にため息を付く。
動揺を悟られないように、呆れているように…。
コイツらの言っていることは全て嘘だと周りにアピールするように。
「理解できないんだけど」
なるべくトーンを抑えて、感情を抑えて言い返す。
僕が反応すればするほどコイツらは喜ぶ。コイツらのいいようにされてはいけない。
「だってお前、誰でもいいんだろ?」
「敦とか3年の斎之内先輩にも色仕掛けしたんだってな~」
我慢しろ…我慢だ。
適当なことで煽って僕を陥れようとしているんだ。
こんな安い挑発に乗るな。落ち着け落ち着け。
いつもよりゆっくりと呼吸を繰り返し、声を飲み込む。
早く去れ...いなくなれ!!
「あれあれ?図星かな?」
「ビッチじゃーん!」
悪意の塊に押し潰されぬよう必死に立っている僕を、さらに責める野次馬のヒソヒソとした笑い声。
嘘か本当かなんて、関係ないのだ。
面白そうだから、嫌いだから、それを真実にしてしまおう。
野次馬たちはそれぐらいにしか考えていない。
数的有利を生み出して、みんなそう思っているから大丈夫、自分は直接関わっていないから平気だと安心して、遠慮なく取り囲む。
それがどれほどの威力かなど知らずに。
「──るさい」
「なんて言ったのかなぁ??」
「聞こえなかったなぁ??」
間延びした気色悪い声。絶対こいつらには聞こえていたのに、もう一度周りにも聞こえるように言わせようとする見え見えの根端。
その手に乗ったダメなのに、他に言い返す方法が思い浮かばない。騒いだら騒いだだけ自分の首を絞めると分かっているのにね。
それでもここまで大きくなった騒ぎは、黙ったままでは収まらない。
自分で切り抜けないと...自分で!!
「わわわわーー!!!」
「っ!?」
誰っ!?
意を決した僕の意志を砕くように上がった奇声。
その元凶は野次馬をかき分け、中心の僕とアイツらの隣にひょっこりと現れた。
「2人同時に泪に告白!?すごいすごい公開告白!?」
手を叩いて興奮気味にしゃべる彼もまた...野次馬の一人だった。
小さな彼は僕と仲が良かった...咲だ。
そうだよね...無邪気でバカで噂好きな君が首を突っ込まないわけないもんね。
半ば絶望した僕を、咲は数秒間だけ見つめてきた。
そして小さく頷いた...ように感じた。
「やばいやばい!2人で同じ人を好きになってしまうなんて!そして2人同時に告白なんて!!2人は仲良しなんだね!」
クルリと表情が変わった咲は、二人に向かって茶化すように言う。そんな咲に合わせて周囲の野次達も「きゃー」などと野次を飛ばし始めた。
さっきとは違って騒がしくなり、そしていつの間にか雰囲気が変わってたことに気が付いた。
野次馬の対象が僕から奴ら二人にシフトチェンジされたんだ。悪意をただぶつけ、告白などというものには程遠いい言葉だったのに、咲が騒ぎ立て印象を変えてしまったのだ。
野次馬はより面白そうな方に流され、咲のペースに捕らわれる。
「でもでも!選ばれるのは1人だし!そもそも選ばれるか分からないし!!え!?もしかして!?自信満々ってこと!?うわぁそれはそれですごい!まぁ……団栗の背比べっぽいもんねぇ~2人とも。あ!それとも!2人一辺に付き合って下さいってこと!?それは流石にないよね~??公開浮気宣言!?最低だよ~??」
咲の後に続き、野次馬達から「最低!」「酷い!」などという声があがりはじめた。
次第に非難する声が高まり、奴らに悪意が返される。
奴らがその悪意に怯んでいる間に、咲はさらにまくしたてる。
「てかてか!俺噂で聞いたんだけど、2人とも最近柚瑠に振られてたよね!!あの鈍感な柚瑠がぷんぷん怒ってたもん!柚瑠にも浮気して下さいって言ったの??そして振られたから泪に告白したの!?もー信じらんなーい!誰でもいいのはそっちじゃーん!最低~!!あとあと、前にもさ1年の子に声かけてビンタされてたよね!!」
咲が言ったことが図星だったのだろう、奴らの顔が赤に染まる。
野次馬からも馬鹿にされ、笑われ、怒りで震えてしまっている。
「ふふーん!俺はまだまだ君たちの武勇伝を知ってるんだけど、知りたい人いるー??」
集団を武器に僕と奴らの間に立ってくれる小さな咲が、とても大きな存在に見えた。
咲の問いかけに勿論野次馬はノリノリで手を上げる。
だけど、この完全な空間で奴らが黙っているわけがない。
「うるせぇ!!黙れ!!!」
その迫力に、誰しもが圧倒される中、咲だけは違っていた。
腕を組んで奴らの前に堂々と仁王立ちする。
「お前が黙れ」
1歩たりとも引かない態度と鋭い眼光。
咲…。
「これ以上泪を傷つけるなら許さない。帰れ!」
静まっていた野次馬達も次々と口を開き、帰れコールが巻き起こる。
今度はやつらがいくら叫んでも収まることは無かった。
2人は悔しそうに舌打ちを残し、周りの野次馬をかき分け走り去っていった。
2人が逃げるとよく分からない盛り上がりに包まれ、お祭り状態に。
嫌な集団だ…。1人じゃ何も出来ないくせに…。
「泪!!」
周りを睨んでいた僕の視界にぴょんと、顔を覗かせた咲。
「帰ろ!!」
「あ…うん」
ニコッと元気な笑顔で僕の手を優しく引いてくれた。
野次馬に絡まれないように咲が盾になり、強引に抜けて、靴を履き替え、ようやく外に出たところで、僕は足を止める。
それに合わせて咲も止まり、僕のことを振り返る。
僕のことを守ってくれた、大きな咲。
彼があんなに怒りを露わにするなんて思わなかったし、僕のために怒ってくれるとも思わなかった。
「咲…ありがと…」
「えっへん!勿の論だよ!だって…」
ちょっぴり恥ずかしそうにハニカんで
「友達だもん」
咲はそう断言してくれた。
感謝してもしきれないよ…。
だって僕は…君のことを…本当に友達だと思っていたか…怪しいのに。咲が僕の立場にいたら、僕は咲みたいに助けたか分からないのに。
「こんな僕でも?」
「なーに言ってんの??泪はいいヤツじゃん」
「いいヤツなんかじゃないよ。…僕…変わったでしょ?」
遠ざけたい…。
離れたい…。
手が密かに震えてくる。
こんな、眩しい子の隣に居られない…。
「確かに変わったかもしれないけど」
一度言葉を切ってから俯きかけている僕に、やっぱり笑ってくれる。
「俺は今の泪の方が好きだよ。それにやっぱり泪はイイヤツだよ」
「全然…違うんだ…咲。僕は…」
「俺にとってはイイヤツ。俺は泪といて楽しいし、嫌なことされた覚えもない!」
そうやってまた断言してくれる。
どうして…こんなにも信じてくれるの?
綺麗な咲の姿に…彼の姿が重なった。
僕が切り捨てた…親友。
「俺が泪をイイヤツだって思うことは、きっとこれからも変わらない。ふふ、今のちょっとブラックな泪は、泪らしいよ。やっと本当の泪に触れられたって感じ!」
涙腺が緩み、揺れる視界。
そんな僕に咲は気が付き手を伸ばして、よしよしと頭を撫でてくれた。
ん...もう。余計泣けてくる...。
「色々…あったんだよね。でも…あんまり難しく考えなくていいんじゃないかな??」
僕に起こったこと、起こっていることを咲は多少なりとも知っているのかな。
それともなんとなく...察してくれたのかな。
「うーん、そうだなぁ。馬鹿になればいいんだよ!成り行きに任せるとか、流されるとか!もし間違った道に進んでも途中で、あっ違う!って気がつくでしょ?そしたら戻ればいいんだよ!泪らしくいればいいんだよ!」
咲らしい励ましの言葉に、涙と笑いが同時に零れてしまった。
「咲は本当に馬鹿だね」
「ええ!?酷いよおおお!」
「ふふ、でも…ありがと」
心の底から思えるよ。
「咲がいてくれてよかった」
「わーい!泪大好き!!」
「もし、何かあったらまた慰めてね」
「任せて!!」
ピョンピョン跳ねて進む咲の背中を追いかけながら、僕は一つ決意する。
少しだけ...流されてみようかな...。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
45 / 123