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織田さん、と呼ばれた時点で、別人だっていうのは確実だった。だって角谷君が今更、オレのこと「さん」付けなんてするハズない。
すっとした輪郭、くっきり二重の切れ長のたれ目、高い鼻筋の、整った顔立ち。角谷君にそっくりだけど、別人だと思ってよく見ると、眉の辺りがほんのり優しい。
口元とか、アゴの形がちょっとマイルドで、ちょっとだけなんだけど、違うなぁと思った。
そうだよね、角谷君がこんなとこにいるハズない。
高揚しかけた気分がしゅーっとしぼんで、けど、平気なフリで彼の顔を見る。
「角谷月彦の弟の、角谷朋です」
角谷君のそっくりさんは、そう名乗ってにかっと笑った。
そういえば、弟さんいたなぁ。
高校時代に何度か、顔を見たの思い出した。同時に、彼の家にお邪魔したこととか、彼の部屋に入ったこととか、昔の記憶がドッと胸に押し寄せて来る。一緒に晩ご飯、ご馳走になったこともあったっけ。
懐かしい。角谷君に会いたい。
思いがけず好きな人の身内に会えて、でもやっぱ本人とは違ってて、喜んでいいのか分かんない。
「かど……」
角谷君は元気ですか、と訊きかけて、口ごもる。弟さん相手に、そんな風に話題にしていいのかどうかも、よく分かんなかった。
どうしよう、と口ごもってると、食事に誘われた。
「オレ、今から休憩なんで、メシ行きましょう」
それにもどうしようって思ったけど、断る理由はなかった。
連れて行かれたのは、同じビルの階下にある定食屋さんだった。
紺色ののれんをくぐり、メニューも見ないで「日替わり!」って注文してるとこを見ると、行きつけの店なんだろう。
「あ、オレも……」
つられたように注文して、促されるままテーブルに座ると、すぐに水が運ばれて来た。
その水を一気飲みして、角谷君の弟さんは、ぷはーっと息を吐いた。その豪快さもお兄さんと一緒で、なんとなく面影が重なるような気がして、変な感じだ。
「原稿読むの、結構ノド乾くんですよねー」
と、そう言うからには、やっぱりあのナレーションは彼が読んでたんだろう。
「録音じゃないんだね」
水のコップを弄びながら尋ねると、角谷君の弟さんは「そうなんですよー」と快活に笑った。
どうやら、録音したものを使わないのは、経営者の方針らしい。
「一応、オレが休んだ時のため、録音データもあるんですけどね。でもやっぱ録音よりは、生の声で聴いて欲しいなーって」
「へぇ……」
感心したようにうなずいてると、「織田さんは?」って訊かれた。
「星、好きなんですか? なんか意外。うちの兄貴と一緒で、星空より青空の方が好きそうなのに」
「うちの兄貴」。ふいに出てきた単語に、ドキッとした。
「お兄さん……」
「そー、兄貴。小学校の頃なんですけどね、うちの父親が天体望遠鏡をフンパツして買ってくれたんですけど、兄貴ったら『オレはいーわ』とか言って、見向きもしなかったんですよー。ちらっと覗くくらいしてもいいのにね」
それにも「へぇー」ってうなずきながら、角谷君らしいなぁと思った。興味ないことには丸っきりうとくて、クラスの女子の顔も、ちっとも覚えてなかったっけ。
ああ、でも、2人並んで星を見上げたこと、あったんだよ?
角谷君に夜空を指差され、彼と同じように背筋を伸ばしたいと思った。顔を上げて、上を向いて歩きたい、って。
太陽に目がくらんでも、星空なら無理なく見上げられるんじゃないか、って。
間もなく運ばれて来た「日替わり」は、コロッケと白身魚のフライと揚げシューマイ、それにおひたしの小鉢とご飯と味噌汁だった。
「いただきます!」
手を合わせてガツガツと食べ始める、そんな様子も、やっぱり角谷君の面影があって懐かしい。
角谷君の弟さんは、その後もモリモリ定食を食べながら、角谷君の話を聞かせてくれた。
「オレの方が帰るの遅い日は、よくオレの分までおかず食べちゃってて」
とか。
「着る物に頓着しないから、タンスに間違って入ってたら、オレのシャツでも平気で着る」
とか。
愚痴ばっか言ってるようだけど、でも兄弟仲いいんだなぁって話ばかりで、面白い。兄弟だから当たり前なんだけど、仲良くていいなぁって、羨ましかった。
「兄貴って、興味持てないことにはホント目が行かない性格だから。多分星なんて、シリウスも知らないんじゃないですかねー」
あっという間に定食を平らげ、彼は割り箸をカタンと置いた。
「シリウス、冬の大三角だね」
ぽろっと答えると、「さっすが」って誉められた。
プラネタリウムで働くプロに、「さすが」って言われるとちょっと恥ずかしい。
それもこれも、彼の声を聴いて覚えた事だ。それがなければオレだってきっと、シリウスが何なのかさえ知らなかった。
『織田、天の川だ』
星空を指差す、彼の兄の姿を思い出す。
星を見るたびに懐かしくなるけど、角谷君は……目の前に座る彼の兄は……2人で見た星のこと、覚えててくれてたりしないかな?
「角谷君、あ、お兄さんの方の角谷君、天の川は知ってたよ」
思わずそう言うと、弟の方の角谷君は、なんでかぶはっと吹き出した。
「へぇー、意外だな……っ」
そう言いつつも、ケラケラと陽気に笑ってる。
オレ、おかしいこと言ったかな? じわっと赤面してると、「織田さん、可愛いですね」って言われた。
可愛いは、あんま誉め言葉じゃない気がする。しかも、年下に言われるってビミョーだ。どうリアクションしたらいいのか分かんなくてキョドってると、涼やかな垂れ目でじっと見つめられた。
「そっかぁ、なんか分かる気がするな……」
ぽつりと呟かれた、その言葉の意味も分かんなかった。
別れ際に「角谷君」と呼びかけたら、彼はニヤッと笑いながら、首を振った。
「オレも角谷君、兄貴も角谷君じゃ紛らわしいでしょ。朋でいいですよ」
「朋、君……」
ためらいながら呼ぶと、朋君が満面の笑みで「はい!」って元気に返事した。
そのニヤッと笑いにも見覚えがあって、やっぱり兄弟なんだなぁと思った。
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