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角谷君と角谷君じゃ紛らわしい。
弟の方の角谷君――朋君の言葉を聞いて、ふと、高校時代のことを思い出した。
クラスや部活のみんなが気安く名前呼びする中で、オレだけはどうしても彼のコト、苗字以外では呼べなかった。
「お前も名前で呼べよ。月彦だ。ツッキーでもいーぞ」
本人から、怒ったように言われたこともある。けど、オレはどうしても、あの時彼の名前を呼ぶことができなかった。
好きで。
恥ずかしくて。
本人の前で「月彦君」なんて呼んでしまったら、思いが溢れてしまいそうで、バレるんじゃないかって怖かった。
引退して卒業した後に別離があることは、高校時代から分かってた。
たくさんの大学がある中、選択肢は無数で。同じ大学に進学できる確率は、低いだろうって思ってた。理系と文系の違いもある。
大学に入ったら、一緒にバッテリーは組めないんだ。それはちゃんと分かってたし、覚悟してた。けど、こんな風に会えなくなるとは思ってなかった。
用がなくても、メールくらい気軽に送ったっていいのかも知れない。
気が向けば返信してくれるかも知れないし、気が向かなけりゃ無視されるだけだ。メールの1通や2通で、嫌われることもないだろう。
けど、結局バースデーメールも年賀メールも送れないまま、もう何年経ったんだろう?
今はもう、「久し振り」の一言さえ重く感じて、何もできない。
朋君に偶然会ったこと、誰かに言いたい。
通ってたプラネタリウムのナレーション、角谷君の弟だったんだよ、って。その驚きと懐かしさを、知ってる人と共有したい。
けど、誰に連絡すればいいのかも分かんなくて、自分の中に飲み込むしかなかった。
仕事帰り、街明かりのせいでどんよりとしか見えない夜空を仰ぎ、ため息をつく。
頭上にかすかに見える青い星は、何だろう? ベガかな?
にわか知識じゃ見分けもつかない。ひとりで星を見上げたって仕方ない。
角谷君は、弟と星の話したりしないのかな? オレと会った話、聞いたかな? まだ一緒に、実家に住んでるの? それともひとり暮らしかな?
今、誰か……彼の隣にいるのかな?
気になるけど確かめる勇気もなくて、またため息をつき、前を見る。
角谷君に会いたい。
朋君の顔を見てからは、特に強く、そう思うようになった。
週末にはまた、いつものプラネタリウムに行った。
角谷君への想いを抱えたまま、彼の弟の声を聞きつつ、シートにもたれる。
『まず最初に、南の地平線近くをご覧ください。赤く輝く1等星、アンタレスが見えるでしょうか……』
耳に心地いい低い声。穏やかな口調のナレーションは、いつも通りに静かに響く。
正体を知っちゃった以上、どんな人なんだろうっていうファン心理みたいなのはなくなったけど、角谷君の身内だって思うと、それだけで何かドキドキした。
『アンタレスは、さそり座の心臓部分に当たる星です。では、その横でさそりを射抜こうと、弓を引いている星座があるのを、ご存知でしょうか? 上半身は人、下半身は馬の姿をした狩人。そう、射手座です……』
朋君のナレーションに合わせ、人口の夜空に光の線がくくっと引かれて星座を作る。
何度見ても、その線はサソリにも半人半馬の姿にも見えない。これを考えた人は、想像力豊かなんだなぁと、いつもながらに感心した。
さそり座も射手座も秋冬生まれの人の星座なのに、どうして夏の空に見えるんだろう?
こういうの、朋君に訊いたら教えてくれるんだろうか? それとも自分で調べた方がいいのかな?
角谷君なら――自分で調べろって言うだろうか?
角谷君が今、どうしてるのか。恋人はいるのか。そういうのも、訊けば教えてくれるのかな?
……角谷君。
角谷君に会いたい。弟じゃなくて、お兄さんの方の角谷君に会いたい。
でも、そんなこと到底口に出せるハズなくて、黙って星を眺めるしかなかった。
『射手座には、銀河の中心が含まれるとされており、天の川も、この辺りが最も明るいと言われています』
穏やかに星を語るナレーション。
銀河の中心と、天の川の話。
いつもはこの声を聴くだけで落ち着いたのに、今日は何か、色んなコト考えちゃってダメだ。
角谷君に繋がるって分かっちゃったから。胸の中が彼への想いでいっぱいになって、消化できなくて、ますます辛い。
もう、ここには来ない方がいいのかな?
角谷君はどうしてますか、って、彼の弟に口走ったりする前に。自分から離れた方がいいのかな……?
そう思った時――。
『射手座の方、特に男性は、恋愛に対しても弓矢のように、一途にわき目もふらず、一直線だと言われていますね』
そんなアドリブが入って、ドキッとした。
射手座の男性、そう聞いてまず思い浮かぶのは、12月生まれの角谷君の顔だ。
一途にわき目もふらず? じゃあ彼は、一体どんな人を想い続けるんだろう?
『恋の話は星の数だけあるでしょうが、もっとも有名な夏の恋の話といえば、そう、七夕伝説ですね。さて、頭の真上をご覧ください。ひときわ強く輝く青い星が見えるでしょうか……』
ベガ。アルタイル。
七夕伝説を淡々と語る朋君のナレーションが、胸に響く。
6月になってから、何度この話を聴いただろう。でも、今日ほど胸が痛んだのは、初めてだった。
1年に1度しか会えない恋人たち。
それすら羨ましく思えるオレは、もう何年も、片思いの相手に会えてない。会いたいと伝える勇気もない。
会いたい。寂しい。
そっくりさんの声じゃなくて、弟さんの声でもなくて、角谷君本人の声が聴きたくて――見上げる星が、涙に滲んだ。
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