アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
4
-
しばらくここには来れない、と、朋君に伝えようかどうしようかちょっと迷った。
理由を訊かれたら、何て言おう? まさか、角谷君のこと思い出して辛いから、なんて、ホントのことは言えない。無難に「仕事が忙しいから」でいいかな?
それとも、別に何も言わなくていいかな?
客の1人にしか過ぎない、単なる知り合い程度のオレが来なくなったって、朋君が気にするハズもないか。だったらこのまま、そっとフェードアウトしてってもいいのかも知れない。
……オレのこと、気にしてくれるかもって思うのは、自意識過剰だよね?
角谷君だって……オレのこと、時々は思い出してくれてるかなって思うのも、自意識過剰だ。オレみたいな人間がどこでどうしてようと、彼が気にしてくれてるハズもない。
名前を聞いたって、「そういえばそういうヤツいたな」って、その程度に違いない。
オレにとって角谷君は、空に輝く1等星みたいな人だったけど――角谷君にとってオレは、天の川の無数の星ん中に埋もれる、小っちゃいつまんない星でしかないんだ。
上映が終わってロビーに出ると、また受付のスタッフが数人並んで挨拶してた。
「ありがとうございました、お気をつけてお帰り下さい……」
聞き慣れた挨拶の言葉の中に、角谷君にそっくりの声はない。
ちらっと目を向けたけど、朋君はやっぱいなくて、ホッとしたと同時に、残念にも思った。
いつものスタッフの挨拶も、当分は見納めかな。そう思って、会釈しながら通り過ぎようとすると。
「お客様、すみません」
いつも受付にいる女性スタッフに、声をかけられた。
「織田さん、でよろしかったでしょうか? いつもありがとうございます」
そう言われたら、「はい」って立ち止まるしかない。
戸惑いながら何だろうと思ってたら、「少々お待ちください」って言われた。
朋君に足止めを頼まれてたんだって知ったのは、本人がスタッフルームから出てきた後だ。
「織田さん」
人なつっこく笑顔を向けられ、手を挙げられて、ギクシャクと微笑む。
「飲みに行きましょう」
屈託のない誘いにも、なし崩しにうなずくしかできなかった。
別に、多分、断ってもよかったんだろうと思う。
「ごめん、今日はちょっと」って言ったら、きっと「残念だな」とか「じゃあ、また今度」とか言われて、それで終わりだったと思う。大人の付き合いなんて、そんなもんだ。
けど、ただこれで、「しばらく来れない」って言えるなとも思ったんだ。
「仕事忙しくなるから」
って。
朋君の声を聴きながら、角谷君の気配を感じるのも、これで最後だ。最後にしようと思った。
不毛な片思いをこじらせるのも、いい加減、最後にしよう。
でもそれは、大きな判断ミスだった。
断れば良かった。「ごめん」って。「行けない」って。
「織田さん、こっちですよ」
そんな言葉と共に連れて行かれたのは、近くのビルにある、ありふれた居酒屋のチェーン店。
「取り敢えず、ビールでいいですか?」
4人掛けの席に座り、にこにこと機嫌よくメニューを見せられ、ためらいながら料理を幾つか注文した時――。
「どういうことだ、朋?」
恐ろしく不機嫌そうな声が真横から響いて、飛び上がるくらい驚いた。
ハッと反射的に顔を上げて、更に驚いた。角谷君だ。そっくりさんじゃなくて、弟でもなくて、角谷君本人がオレたちのテーブルの真横に立ってる。
驚きと懐かしさに胸がぎゅーっとなったけど、再会を喜ぶ雰囲気じゃない。
しかめた顔のままちらっと視線を向けられて、ますます胸が締め付けられた。
「まあまあ、そっち座りなよ」
朋君が、オレの隣のイスをお兄さんに勧めた。
久し振り、とも言えないまま、少し大人びた横顔を呆然と見つめる。
懐かしい。
でも、胸に溢れるのは、冷や水のような思いだ。にこっとも笑って貰えなくて、視線がゆっくりと下に落ちる。
「ほらー、織田さん困ってんじゃん。いいから座りなって。ビックリしたでしょ?」
朋君の明るい声が、余計に胸に突き刺さる。
やがて角谷君が、聞こえよがしにため息をついた。
カタンと隣のイスが引かれ、そこにドスッと座られる。
その形のいい口からこぼれたのは、「よお」って挨拶でも「久し振り」って言葉でもなかった。
「なんでてめーがここにいるんだよ?」
低い声での、そんな拒絶の言葉だった。
ぐさっと来た。
まばたきの仕方も、呼吸の仕方も一瞬忘れて、ビシッと固まって宙を見る。
「オレが呼んだんだよー。何、その態度? 久々に再会した相手への言葉がそれ?」
朋君がそう言って、ケラケラ笑った。
「うるせーよ」
角谷君の声が、隣から響く。
あんなに聞きたかった声、あんなに見たかった顔、あんなに会いたかった人なのに、ちっとも嬉しくないのはなんでだろう?
「あ、あの……オレ」
オレ、帰る。そう言って逃げ去ろうとしたけど、折悪く、ちょうど料理とビールが運ばれて来た。
「お待たせしましたー、唐揚げと焼きそば、チーズトマト、焼き鳥盛り合わせ……」
伝票を読み上げながら、次々にテーブルに並べられる料理。
「オレも生中」
「はーい、生中1丁!」
角谷君がメニューを開く横で、目の前にジョッキが突き出される。
「織田さん、乾杯しましょう」
屈託なくそう言われて、のろのろと中ジョッキを掲げると、ごつんと軽く打ち合わされた。
乾杯の気分じゃない。
逃げ出したい。
目障りそうな目で見られたくない。冷たい言葉も、聞きたくなかった。
けど、席を立つ程の思い切りも持てなくて。
オレはぐっと、ビールをあおった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
4 / 7