アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
5
-
1時間ちょっとの食事の間、主に喋ってたのは朋君だった。
彼は大いに飲み、大いに食べ、オレと角谷君とにどんどん会話をふった。
「織田さん、唐揚げにレモンはいりますか?」
とか。
「こういう店って、結構来たりします?」
とか。
恋人がいるかって話もした。
「オレ、今、恋人募集中なんですよー。全然モテなくて」
「そう、なの? 朋君、モテそうだけどな」
話を合わせてくすっと笑うと、横から角谷君に「ふん」と鼻を鳴らされた。
「『朋君』? 仲いーんだな」
責めるように冷笑されて、ずーんと胸の奥が重くなる。
朋君は、その冷笑を何とも思ってないみたい。
「何、兄貴? 嫉妬してんの?」
そう言って、ケラケラ陽気に笑ってる。
兄弟って、遠慮がなくてホントにいいなぁと思った。
「ふざけんな!」
角谷君に怒鳴られても、朋君が気にする様子はない。
「織田さんは? 今、付き合ってる人、いるんですか?」
ズバッと聞かれたけど、片思い中だよ、なんて口に出す勇気もない。
首を振ろうした瞬間、角谷君に横から揶揄されて、否定の言葉すら言えなかった。
「うるせーな、どうでもいーだろ」
ハエを払うように言われて、言葉に詰まる。
そうだよね、どうだっていい、よね。
オレに恋人がいるかどうかなんて、角谷君には関係ない。どうでもいい、つまんない話を聞かせてごめん。好きでごめん。
じわーっと胸が痛む。
やっぱり、もっと早くに帰ればよかった。
気まずい空気を何とかしようと思ったのか、朋君が今度は角谷君に向かって話題をふった。
「兄貴は、ずっと好きな人いるんだよね。ねぇ?」
その話題にも、胸が痛んだ。好きな人の恋の話なんて聞きたくない。
角谷君の返事にも胸が痛んだ。
「うるせーよ、んな話、コイツの前ですんな。しまいにゃ怒るぞ!」
しまいにゃ怒るぞ、ってことは、多分まだ本気で怒ってはないんだろう。けど、不機嫌そうなのは間違いなくて、ドキッとする。
何より強く感じたのは、疎外感だ。
コイツの前で、って。じゃあ、オレがいないとこなら話すのか? オレ、邪魔? 家族じゃないから? トモダチでもないから?
視界が歪みそうになるのを何とか堪え、ジョッキのビールをぐいっとあおる。
「おい、飲み過ぎんなよ? 帰れなくなっても知らねーぞ?」
隣に座る角谷君の、冷たいセリフにこくりとうなずく。
「大丈夫だよ。一人で帰れる」
オレはそんだけ角谷君に言って、さらにビールを流し込んだ。
元々オレ、そんなにお酒に弱くないし。今夜は特に、ちっとも酔える気がしなかった。
会話も大してはずまないまま、割り勘でお会計して居酒屋を出た。
「織田さん、駅まで歩けます? 兄貴、送ってってあげなよ」
朋君が親切に気に掛けてくれたけど、思った通り、ちっとも酔ってないし大丈夫だ。
それより、朋君のセリフを聞いた瞬間、角谷君がイヤそうな声で「はあっ!?」って文句を言って、そっちの方にダメージを食らった。
会わなきゃ良かった。
飲みになんて誘われて、ふらふらついて来なきゃよかった。
角谷君のこと、さっさと諦めて忘れればよかった。そしたらこんな、辛い思いもしなくて済んだ。
角谷君を想い続けるのは、もうやめよう。
プラネタリウムの朋君の声に、彼を重ね合わせるのも、もうホントにやめようと思った。
「ほら、兄貴……」
朋君が、なおも促そうとするのをほろ苦く聞きながら、「じゃあ……」って手を挙げて背を向ける。
できるだけ颯爽と見えるように、目いっぱい気を張って、見栄を張って、背伸びするように大股で歩いた。
通い慣れた週末の繁華街。
いつもより遅い時間の街を、人混みに紛れながらスタスタと駅に向かう。
悲しい訳じゃない。どこかが痛い訳でもない。でも、なんでか涙が溢れて来て、オレはそれを手の甲でぬぐった。
「織田さん!」
角谷君にそっくりな声で呼ばれたのは、駅に向かう階段の、すぐ手前だった。
反射的にドキーッとしたけど、ああ朋君だ、と気付いて足を止める。角谷君がオレを追いかけて来るハズないし、オレのこと「さん」呼びもしない。
もっかい目元をぬぐって振り向くと、目の前に朋君が立った。
「織田さん、すみません!」
息を弾ませながら90度に頭を下げられて、ちょっと戸惑う。
「兄貴が、ホントすみません!」
って。
「兄貴には、後でキツク言っておきますから、嫌いにならないでください!」
嫌いにならないで、って。誰を? 自分を? プラネタリウムを? それとも、角谷君、を……?
返事もできずに固まってると、時間外上映のチケットをくれた。
7月7日、七夕の夜。
「必ず来てください。お願いします!」
もっかい深々と頭を下げられると、「行かない」とも言えなくて。オレはそのチケットを受け取り、素直に「ありがとう」と礼を言った。
ホントにホントにこれで――最後にしよう。そう思った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
5 / 7