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夢を見てるのかな?
頭上の空にたくさんの星が流れてく。
キレイで、現実のこととは思えなくて、ああ、でも、プラネタリウムだから、それでいいのかな? とりとめもない考えが、浮かんでは消えていく。
耳に響く、角谷君の声。
『好きだとハッキリ自覚したのは、高1の夏だ。覚えてるか? オレがケガで試合に出らんなくなった時、お前、うちに来てくれたじゃん? あの時、お前の笑った顔見て、何かドキッとしてさ……』
それを聞いて、そういうこともあったなぁと思い出す。
あんな昔から? ずっと?
全然気付かなかった。ホントかな? オレはいつから好きだったんだっけ?
『お前が帰った後に、朋がお前の笑顔、いい感じだなって誉めたんだ。それ聞いて、すげームカついてさ……』
淡々と語られる、角谷君の話。
すでに星なんか関係なくなってたけど、相変わらず頭上には星が降ってて、目が離せなかった。
ぬぐってもぬぐっても、涙があふれる。
ひぐっ、っと嗚咽が漏れたけど、でも周りには誰もいないし。遠慮なく泣けた。
どうしよう、彼が好きだ。
さっきまで、あんなに終わりにしようって思ってたのに。その決意はとうに粉々になって、「好き」って思いだけが胸を満たしてる。
『修学旅行の時、2人部屋で一緒の部屋になったよな……』
懐かしい思い出を、少しだけ早口で語る角谷君。
「うん……」
声に出してうなずいても、角谷君には聞こえない。でも、それでいい。今はオレ、こんな泣きまくったみっともない顔、好きな人に見られたくなかった。
どのくらい、彼の話を聴いただろう? いつの間にか流星雨はやんで、頭上にはいつもの天の川が静かにキラキラ広がってる。
画面下にある赤い1等星、アンタレス。頭の上にある青い1等星、ベガ。ベガのお向かいにあるアルタイル。そして、その2つと3角形を結ぶデネブ……。
星の名前はこのプラネタリウムで何度も聴いて覚えたけど、やっぱ、オレの1等星は角谷君だ。
オレも――角谷君にとって、1等星だって言って貰えて嬉しい。ありふれた星じゃなくて、特別だ、って。思って貰えて嬉しい。
『好きだ、織田』
朋君にそっくりな声で、角谷君が言った。
『オレのコト、名前で呼んでもくんなかったし、望みが薄いのは分かってる。無理だと思うなら、このまま黙って立ち去って欲しい。……けど、もし、ほんの少しでも可能性があるんなら、そこで待っててくれ。直接顔を見て、話がしたい』
それを最後に角谷君の声はやみ、音楽が変わった。
名前は知らないけど、キレイなメロディのピアノ曲だ。
一旦大きくなった音量がゆっくりと小さくなり、それに合わせてまた、ナレーションが始まる。
『星の1つ1つに物語があるように、人にもそれぞれ、自分の物語があるでしょう。あなたの1等星はどれですか? 流れ星を見ましたか? 今はあいにくの梅雨ですが、雨の夜も晴れの夜も、星は変わらず頭上にあって、静かにじっと輝いています……』
いつもの聴き慣れたナレーション。
穏やかで響きがよくて、角谷君にそっくりな朋君の声が、特別上映を締めくくる。
『織田さん……』
朋君が言った。
『ガサツで気が利かなくて、鈍感で臆病で声がデカくて、星なんかちっとも興味がなくて。野球も辞めた今、頼りになるトコなんか何もない兄ですが、どうぞよろしくお願いします』
言いたい放題の弟に、「うるせー」って反論は聞こえない。
角谷君はどこだろう?
よろしく、って。オレの返事なんて、最初から分かってるみたいな言い方だ。
かなわないなぁと思うと、口元がほころぶ。角谷君も、いつもこんなかな? 兄弟ってうらやましい。オレは一人っ子だから、余計にそう思う。
角谷君と兄弟で、朋君がうらやましい。朋君みたいな弟がいて、角谷君がうらやましい。
ぐいぐいと、涙をぬぐって目を開ける。
上映が終わり、ぽつぽつと明かりが点き始めた場内に、やがてカツカツと誰かの足音が響いて来た。
出口の方を振り向くと同時に、バン、と両開きの扉が開く。思い詰めたような顔で入って来たのは、お兄さんの方の角谷君で――。
「織田……」
耳に心地のいい低い声。
その声が、珍しく不安げに揺らいでる気がするのは、その表情も、珍しく不安げに見えるからかな?
「角谷君……」
彼の名を呟く、オレの声もちょっと震えてる。
ゆっくりと段差のある通路を降り、オレに近付きながら角谷君が言った。
「さっきの、最後の、聞こえなかったか? 無理だって思うなら、立ち去ってくれって言ったんだけど」
「聞こえたよ」
ぎこちなく笑いながら立ち上がると、角谷君がオレの目の前に立った。
「聞こえてて、その上でここにいるってことは……オレのいいように解釈するけど。それでいーの?」
こくんとうなずきながら、目の前の人を見る。
ずっと好きだった。ずっと片思いだと思ってた。諦めようと思いつつ諦めきれず、ずるずると思いをこじらせた。
疎遠になっちゃったのが辛くて、寂しくて、恋しかった。
会いたかった。顔が見たかった。声が……聴きたかった。
……角谷君。
「つ、月彦君。オレも好きだ」
思い切ってそう言うと、次の瞬間、ぎゅっと抱き締められて胸が詰まった。
「好きだ……!」
耳元で告げられて、全身が震える。
顔を寄せられて目を閉じると、唇が重なった。閉じたまぶたの裏に、さっき見た幾つもの流星がひゅーと走る。
『流れ星を見ましたか?』
朋君の声を思い出す。
「今度、本物の流星群、見に行こう」
月彦君の誘いにうなずきながら、映像の消えた天井のスクリーンを見上げる。
本物の星空はきっとキレイだと思うけど、さっき彼がくれた景色は、一生忘れられないだろうと思った。
(終)
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