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王道転校生君からの逃げ方 side 諄
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* side 諄 *
「諄……」
俺に向けるいつもとは違う君の、安堵が混じるか細い声。
俺に向けるいつもとは違う君の、怯えが混じった縋るような表情(かお)
(あぁ……)
俺の恋人にこんな表情をさせた転校生を、どうしてやろうか…?
この学園に珍しい転校生が転入してから、俺の生活は最悪だ。
勿論、風紀副委員長という立場から今までも毎日が大変で忙しい日々ではあったが、それでも問題にぶつかった時は仲間達と協力して解決してきたし、皆の期待に沿えるように努力してきたと思う。
そしてなによりとても可愛い恋人が俺を支えてくれていた。
部屋に帰れば恋人が笑顔で俺を迎えてくれて、恋人が作ってくれた夕飯を一緒に食べて、そして一緒に抱きあいながら眠る。
他人が聞けばそれ位でと思うかも知れないが、俺にとっては最高の日々だったのだ。
そう、あの問題児が来る前までは。
あの問題児が来てから平穏だった学園は騒がしくなったのだ。
器物破損、暴力行為、そしてその問題児に対しての制裁、強姦未遂。
それらの問題に対して増える書類、校内見回り。
そしてさらには生徒会役員役員数人の仕事放棄。
色々な事が重なり今まで回っていた仕事が回らなくなり、それに伴い段々部屋に帰る時間が遅くなり、次第には毎日部屋に帰れなくなった。
つまり恋人に逢えなくなったのだ。
それもこれも全て転校生がこの学園に転入したせいだ。
勿論、全部が全部転校生のせいでは無い。それは理解しているつもりだ。
けれど不満と疲れとストレスとその他にも色々溜まるわけで…。
「……はぁ」
こんな仕事など放り出せたら良いのに。
そう思わずにはいられない現状に八条(はちじょう)諄(あつし)はため息をつかずにはいられなかった。
どれ位かと問われれば、風紀委員を辞めたいと宣言したいぐらいである。
けれどそんな事をいくら考えても俺は無責任に風紀委員を辞める事は出来ないし、この机に載っている書類が減るわけでも無い。
ましてや恋人に逢える訳でも無い。
つまりやるしか無いのだ。
「はぁ…」
「あ~駄目ですよ副いいんちょ~、ため息なんかついたら幸せが逃げちゃいますよ~?」
「そうだぞ~ため息つくなら書類にハンコ押せ~」
「………はぁ」
こんな風紀委員室(ところ)今すぐ出て行って、自分の部屋に帰りたい。
そして帰ったら恋人に逢って愛し合いたい。
「あはは、副いいんちょーの心の声が聞こえる~、欲求不満~」
「五月蠅いぞ、凪世(ながせ)」
「あはは、怒られちゃった☆あっ、副いいんちょーこれにもサイン下さいっ☆」
くだらない事言う風紀委員の凪世(ながせ)伶(れい)を睨みつけるが、本人はさして気にする事も無く笑いながら書類を1枚俺に渡してきた。
その表情(かお)を見て、殴りたいと思うのはストレスのせいなのかなんなのかは分からない、けれど大人しく書類を受け取り内容を確認する。
「……また同じ書類か」
「えぇ、またまた転校生君の器物破損報告書で~す!!ちなみに本日4枚目っ☆」
ちなみに今週で22枚目である。
最近になって見慣れた器物破損報告書に慣れた手つきでサインをし、凪世に返す。
「ありがとーございます~。じゃぁ次はいいんちょっ☆これにサインお願いしま~す!」
「了解。じゃぁサインしたらご褒美に怜キュン、キスしてね?」
「あはは~ふざけてないでさっさとサインしやがれです、いいんちょ?っていうかキュンとかキモイから即止めて下さい」
「あはは~、もぉ、そんなに怒んないでよ伶キュン?ちゃんとやるからさ?」
「あはは~そうですかぁ?じゃあ、さっさとお願いしま~す☆あと、キュンは止めて下さいね~」
どうやら凪世も俺と変わらずストレスが溜まってるらしい。いつもなら栄樹(さかき)晴嵐(せいらん)委員長のウザさにも軽やかに対応しているのに今回はちょっとキレ気味である。
(まぁ、ストレスが無くても栄樹先輩の相手はイラつくか…)
先程凪世に向けた感情を消えて、少しだけ凪世に同情した諄であった。
「所でなかなか書類や問題が減らないねぇ?ちびっこ怪獣はまだ暴れたりてないのかな?」
風紀委員(こちら)も対応はしてるんだけどねぇ、栄樹先輩は書類にサインすると凪世に渡す。
「そうかも知れませんね~じゃぁちょっとこの書類を浅川(あさかわ)先生に渡しに職員室に行ってきま~す☆」
内容を確認した凪世は、浅川先生に書類を渡しに行くため風紀委員室から出て行った。
…その足取りが軽やかだったのは気のせいではないと思う。
「あははは。伶キュンったら風紀委員室(ここ)から出れて嬉しそうだねっ」
「…帰ってこないかも知れませんよ?」
まぁ、あー見えて責任感のある凪世の事だから帰って来ないという事は無いだろうけれど、本心では帰って来たくはないだろうな。
栄樹先輩(この人)がいるから。
「大丈夫大丈夫、怜キュンはすぐ帰ってくるよ。今から13分後に走ってね?けど帰った時扉に足をぶつけちゃうけど。」
「…そうですか」
「あ、勘だよ?」
栄樹先輩は本人曰く勘が良く当たる人だ。
俺から見れば予知能力ではと思うのだが、本人曰く「俺が見得(みえ)るのは好きな子の事だけだからちょっと違うよ」らしい。
…よく意味は分からんが、聞くとめんどくさいので無視(スルー)する。
「所でさっきの話に戻すけど、いい加減ちびっこ怪獣とその仲間達をどうにかしないといけないかもだねぇ。
最初は時が経てば自然と収まるかなぁ、なんて思ってたけど、最近では一般生徒にも被害が出てるみたいだし」
ちびっこ怪獣とその仲間達というのは転入生で問題児、鮎川(あゆかわ)光(ひかる)と仕事を放棄している生徒会役員数名の事だ。
風紀委員長、風紀副委員長は生徒会をリコールする権利、また全校生徒に対しての罰則を定める権利を所有している。
転入生が起こしている件、また生徒会の仕事放棄さらにの執権乱用については風紀委員から見て十分処罰対象となる。
勿論これには一般生徒の意見も取り入れている。
なら、そろそろ行動に移しても問題はないだろう。
「それにつ いては俺も賛成です。罰則を与えますか?」
「ま、罰則で大人しくはならないと思うけどねぇ。とりあえず停学2週間与えて…その間に被害者の救出といきますかね?」
「了解しました。ちなみに救出予定の被害者は誰なんですか?」
「…あれ、八条は知らないの?」
「…誰かさんのおかげで書類処理が終わらなくて、風紀委員室(ここ)から出ていけなかったんです。」
「あははは、そ、そうなんだぁ。八条もたいへんだねぇ。け、けどその人にも然(しか)るべき事情があったんだと思うよ?」
目をそらしてわざとらしく笑う栄樹先輩。
良かった、サボってる自覚はあったんだな。
これでとぼける様であれば一発殴ろうかと思っていたのに。(…残念だ。)
だが風紀委員室(ここ)から出られなかったとはいえ、情報収集出来ていない自分にも非があるのは確かだ。
だから栄樹先輩にも怒らないで、怒らないで頑張ろう。(大事な事だから2回言ってみた)
「で、誰なんですか?」
「う、うん。あのね、被害者の名前は…」
その時、廊下の方から大きな足音が聞こえてきて…きたと思ったら乱暴に扉が開き、いつもはにこやかに笑ってる凪世が珍しく慌てた表情で入ってきて、
「大変だよっ、あの問題児ががっっ!?いつっ……」
扉に足をぶつけた。
時間を見たら、きっかり13分。
「あ、おかえり怜キュンっ!あ、足大丈夫?」
「…大丈夫か?」
栄樹先輩の勘に驚きながらも、扉の横で足を抑えている凪世に声をかける。
すると凪世は大丈夫だと答えながら俯いていた顔をあげた。
ちなみに痛みのせいで涙目になっている凪世を見て隣で「怜キュン可愛いっ!」なんて言っている馬鹿がいるが、ここは凪世の為に無視しておく。
「大変っ!また問題児が問題を起こしてるよっ!!」
「あ、怜キュンおやじギャク?あはっつっ…」
「今度は何を起こしているんだ?」
空気を読めない馬鹿の足を思いっきり踏んでおく。
凪世はその様子に一瞬嬉しそうな表情をしたが、すぐに気を引き締め状況を説明し始めた。
「2-Sで鮎川光がクラスメイトにちょっかいをかけているみたい~」
「ちょっかい?暴力ではないのか?」
凪世の慌て様から転入生が暴力行為をしているのだと思ったのだが、ちょっかい程度でそんなに慌てる事は無いと思うのだが…?
「うん、今の所暴力行為は無いみたい~だけど、俺が騒いでるのはそのクラスメイトが前から被害にあっている朱音(あかね)椿(つばき)だからだよ。」
「えっ…!?」
朱音椿?何故その名前が出てくるんだ?それに前から?
確かめる様に栄樹先輩を振り向いた。
「そうだよ、さっきの被害を受けている一般生徒っていうのが2ーSの朱音椿君。
八条の恋人さんだよ」
「鮎川光が2-Sに編入し同じクラスになってから朱音椿は毎日迷惑をかけられているみたい~。
それを見かねた朱音椿の親衛隊と2-Sの風紀委員も鮎川光を朱音椿に近づけさせない様に止めたらしいけど、それよって鮎川光が朱音椿に軽い暴力を振るった為、今は手を出しかねているという話。
ちなみに今の状況は、HR終了後朱音椿が部活に行こうとしている所を鮎川光が邪魔をしてるみたい~ちょっと嫌な雰囲気だから行った方がいいかもってさっき会った椎堂(しどう)先生からから報告を受けたました~」
「…知らなかった」
風紀委員室から出て現場へ駆けつけながら、凪世が軽く今までの話から現在の状況まで説明してもらう。
その話を聞きながら、椿が被害にあっていたのを自分が知らなかった事に対し軽くショックを受けている。
「知らなかったのは当たり前だよ~だって朱音椿は被害届を出していなかったしね。
一応親衛隊とかは被害届を出す様に朱音椿に言ったみたいけど、本人が平気って言ったみたい~。
一応その親衛隊が風紀委員に被害内容を伝えてはいたからこちらも警戒はしていたんだけどね」
「だが…」
被害届が出ていなかったからと言って、その状況を知らなくて良い訳では無い。
というより今回の事に限らず、どんな些細な情報でも風紀副委員長の俺は知っていなければいけなかったのだ。
それに今回の件は特に…俺の恋人が被害にあっているのだから。
「恋人に迷惑かけたくなかったんだね、きっと。」
「…そうですね」
そう栄樹先輩の言う通りだろう。
椿は俺に迷惑をかけたくなくて風紀委員に被害届を出さなかったのだ。
出せば被害届を通して俺が椿の状況を知り、俺が心配してしまうから。
ましてや俺はここ最近転校生が起こす問題のせいで忙しくなっている、優しい椿は余計な話をして俺を困らせたくなかったのだ。
「けど、俺は話して欲しかったっっ…」
「まぁまぁ、落ち着いきなさいよ八条。気持ちはわかるけどね」
「ふつー落ち着けないと思いますよ、こんな状況。」
「いやいや、怜キュン。ここはあえて言うけど落ち着かないとね」
真剣な場面で何言ってるんだこいつ的な表情(かお)の凪世に栄樹先輩はちっちっちと舌を鳴らしながら指を振る。
「確かに八条の言いたい事も分かるけどね、でもここで色々考えてたって何も変わらないでしょ?こういう事はお互いが面と向かって話さないとだからね。だから今はとりあえず脇に置いといて八条の恋人さんを助けに行く事のみ考えるのですっ!」
了解?そう言ってにっこりと笑みを浮かべながら問いかける栄樹先輩に俺は素直に頷いた。
確かにその通りである。
椿には椿の考えがあって俺には俺の考え方がある。
例えそれが間違っていたとしてもこれはお互いがお互いを想って考えた事だ。
俺一人が考えても意味が無い、とにかく話し合わないと解決しないのだ。
「…そうですね。栄樹先輩、ありがとうございます。」
「いえいえ」
栄樹委先輩の言葉のおかげで俺の心に少しの余裕が出来てほっとする。
さすが風紀委員長。
いつもは残念な人であるがこういう所があるから風紀委員長に任命されるのだろう。
こういう所は見習いたい。
「うわぁ…~いいんちょーがまともな事言ってる~」
「なぁに怜キュン、俺に惚れ直しちゃった?」
「全然。っていうか惚れた事なんて一度もないですし~、っていうかキュン止めて下さいね~」
どうやら凪世も普段とは違う栄樹先輩に驚いたみたいだが、すぐさまいつもの残念な栄樹先輩に戻った為、再びため息。
…普段からまともなら凪世も少しは栄樹先輩の事を見直し、惚れ直すと思うんだが…
まぁ、これはこれでいいのかも知れないな。
「さて、そろそろかな?」
「そうですね~あ、ごめんね~ちょっと通してね~」
段々と廊下に人気が増えてくるに伴い、前に何度か迎えに行った椿の教室が近くなってくる。
「大丈夫だぞ、椿っ!」
その時、廊下に馬鹿でかい声が響いた。
この馬鹿でかい声を聞けば姿なんて見なくても分かる。
「この声、問題児の声ですね~、なんつー馬鹿でかい声」
「分かり易くていいじゃないか」
凪世が呆れた声をあげながら嫌そうな表情で言うのに対し、栄樹先輩はクスリと笑う。
けど俺は呆れも笑う事も出来ず、その声に椿の名前が入ってる事に対して気がいき、俺は慌てて駆けていた足の速度をさらに速める。
すると人の間から見えたのは、転校生が椿を抱きしめている姿。
「俺、椿のこと愛してるからなっ!!」
「…や、ぁっ…」
椿を見てうっとりとした声で愛を囁く転校生に、椿はか細い声を上げながら必死に転校生の体を押し返そうとしている。
どうやら転校生には他の人間が向ける非難の声も怒りに満ちた表情(かお)も、転校生の行動に嫌がる椿の姿も目に入っていないらしい。
「椿っ!!!」
制止の意味も含め転校生の声に負けない位の声音で椿の名を呼ぶ。
「諄……」
椿の表情(かお)を見て、転校生を殴り飛ばさなかった自分を褒めてやりたい、と思った。
転校生の体を押し返し俺を振り返る椿の表情には怯えが、転校生が抱きしめる体には震えが……椿にこんな表情をさせた転校生を殺してやりたい。
けれど怒りで震える拳を隠した様にその感情も隠して、俺は椿が安心できるように微笑んだ。
「もう大丈夫だからな」
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