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後編
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松野さん宅に代引きで荷物をお届けした後、その日は1日、動揺が治まんなかった。
さすがに誤配とかはしなかったけど、道は間違えるし、配送の順番は間違えるしで、ホント久々にグダグダだった。
ずーっと顔が赤いままだったみたいで、本部に帰った後も仲間に心配された。
「どうした? セクシーなお姉さんに誘われたか?」
先輩スタッフにからかわれ、はははっ、と笑われる。
お届け先で、あられもない格好の女の人に遭遇するのは、確かにたまにあることだ。「休んで行きませんか?」とか言われたって話も耳にはするけど、ウソかホントか分かんない。
ご自宅に伺うんだから、リラックスした格好なのは当たり前だ。キャミソール姿やパジャマ姿で応対されることもあるし、水着姿だったこともある。
松野さんじゃないけど、半裸の男性なんてザラだし、慣れてるし、ビックリしたって顔に出さないよう教育される。
けど、今回はホント、冷静じゃいられなかった。
あらかじめ電話連絡を入れてからの、代引きのお届け。支度する時間は十分あったハズなのに。いきなりピンポンした訳じゃないのに。どうして松野さん、バスタオル1枚だったんだろう?
鉄扉が開いた瞬間、うっ、と息を詰まらせたオレを、松野さんは平然と出迎えた。
「でっ……出直しましょう、か?」
つっかえながらも辛うじて尋ねると、「いーよ、別に」ってあっさり言われた。
「オレは気にしねーし、あんたも気にすんな」
って。ニヤッと笑われてドキッとしたのは勿論だ。
お客さんにそう言われたら、「オレは気にします」なんて言えない。
「さっ……3840円です」
荷物に貼られた伝票を凝視して、必死で肌色から目を逸らすしかなかった。
「悪いけど、中に置いて」
狭いアパートの玄関の中、1段高い上がりかまちをアゴで差され、ギクシャクと指示に従った。
一緒に段上に上がってくれればいいのに、松野さんは扉を押さえる格好のままだったから、脇を通る時ぶつかりそうで、すっごく緊張した。
厚い胸板、割れた腹筋、引き締まった腰の上でぎゅっと結ばれたバスタオル――。見ないようにって思ってても脳内で補完されちゃって、気になって仕方ない。
「あっ」
荷物を置いた瞬間、斜め後ろからそんな声を聞かされて、飛び上がるくらいビックリした。パッと反射的に振り向くと、松野さんの腰に巻かれてたバスタオルが、はらっと落ちて……なんか、スゴイのを見せられて、平常心が粉々に砕けた。
その後は動揺しまくりでミスばかりだったけど、オレはむしろ、お金もハンコも忘れなかった自分を誉めたい。
次に伺う時、どんな顔して行けばいいんだろう?
「服、着てますか?」とか電話で訊くべき? それとも、それって失礼かな?
松野さんちにまた、代引きのお届け物があるって気付いたのは、それから1週間後のことだ。
今度は逆に、そこに行くまでの間、仕事に集中できなかった。効率よく配達していくルートを車で辿りながらも、ドキドキして仕方ない。
頭の中は松野さんのことでいっぱいで、早くお宅に伺いたいのか、それともイヤなのか、自分でももう分かんなかった。
事前連絡をするためのケータイを持つ手が、細かく震える。
「まっ、毎度ありがとうございます、山川急便ですっ」
上ずった声で訪問の許否を訊くと、少し掠れた色っぽい声で『いーぜ』って言われた。
『早く来い、待ってる』
そんな言葉に、ごくりと生唾を呑む。一瞬、どうしようか迷ったけど――。
「服、着ててください」
オレは思い切ってそう言って、一方的に通話を切った。
お客さんがどんな格好で荷物を受け取ろうと、そんなのはお客さんの自由だ。配達員が口を出す問題じゃない、し、ヘタするとクレーム案件にもなりかねない。
でも言わずにはいられなかった。
またあのたくましい半裸なんか見せられたら、ドキッとし過ぎて心臓が口から出ちゃうかも。
配送車をアパートの前に停車させ、荷台から荷物を運び出す。段ボール箱を抱え、鉄の階段をカンカンと昇って、2階の奥の部屋に向かう。
深呼吸の後、ピンポーンと呼び鈴を押すと、『はい』って応じる声がした。間もなくカタンと内鍵の開く音がして、目の前の鉄扉が開かれる。
いつも通りバッとドアを開けられて、いつも以上にドキッとした。
「服、着たぜ?」
ニヤッと笑われて、ギクシャクとうなずく。
松野さんは、いつも通りの半裸じゃなくて、ビシッとスーツを着込んでた。
ダークグレーのサマースーツに、紺色のネクタイ。スラックスも勿論はいてて、髪もキッチリ整えてて、頭の先からつま先まで、どこにも隙がない。
「あのっ、代っ、引きです……っ」
慣れてるハズのセリフが、上ずって跳ね上がる。
いつも肌色が見えてどぎまぎしてたハズなのに、キッチリと服を着てる姿の方がもっと照れるなんて、なんでだろう?
「顔、真っ赤だぜ?」
自分でも分かってることを指摘されて、ますます頬に血が上る。
スーツに包まれたたくましい体、長い脚、整った指先、どれも格好良くて目まいがした。
キリッと精悍な顔に、自信たっぷりな笑みを浮かべて、印鑑を持った松野さんがオレにゆっくりと手を伸ばす。
「仕事終わったら、もっかい来いよ」
耳元で低く囁かれ、その耳の裏に、ぎゅっとハンコが押し付けられた。
「そん時は、服、脱いでてやろうか?」
くくっと笑われて、言葉が出ない。
服を着て欲しいってお願いしたのはオレだけど、隙のない松野さんは、半裸よりもタチが悪くて。この後の配達も、冷静にこなせる気がしなかった。
(終)
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