アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
#57
-
冬の寒い休日。俺は家を出て駅前に来ていた。
することなど、特になかった。
ただ、気分転換のつもりで出掛けて歩き続けていたら、いつの間にか駅まで来てしまっていた。
何で俺は1人で駅前なんかに来たのかと自分がアホらしく思え、家に帰ろうとしていたそのとき。
向かいから1人の人間が歩いてい来るのを見つけた。
その人は、厚手のコートとマフラーを巻いて、顔の下半分をほとんど隠しながら、下を向いて歩いていた。
寒いのだろう。首を短くさせ、両手をポケットに突っ込んでいる。
そんな姿さえ、懐かしくて俺の胸を締め付けた。
………俺がこの結果を招いてしまったも同然なのに…。
「……………ぁ。……武博………。」
あいつも俺のことに気付いたようだった。
その声で俺の名前を呼ぶのを久しぶりに聞いた気がした。
「………久しぶり……。……優………。」
「…そうだな…。…元気にしてたかっ!?」
久しぶりに会った優は、俺に気づくまで少し悲しそうな顔をしていた。
でも俺を見てニッと笑うと、名前を呼んで優しく微笑んでくれた。
そして、悲しそうな顔なんてなかったかのように明るく笑った。
その笑顔を見て、俺の心にもポッと火が灯ったように感じた。
……よかった……。
…………前みたいに話せそう……。
毎日同じ教室にいて、学校が長い休みに入ったわけでもない。毎日同じ場所にいたのに、何の違和感もなく使われる″久しぶり″という言葉。
俺たちは同じ場所にいたのに、ずっと気まずいままでいてしまったから。
その理由を考えるほど、悲しいことはない。
俺も優も、それに気付いているのだろう。
何事もなかった。2人はしばらく遠くにいたんだという気持ちでお互いに接した。
「………そういえば、サッカー部って今度明良が部長になるんだろ?」
「そうそう!よく知ってるな。明良、自分で自慢してたのか?」
「いや、自慢はしてなかったよ。…顧問が嫌だからちょっとなぁーって言ってたからさ(笑)」
「確かに!うちのマネも、顧問のこといろいろ愚痴あるみたいだからなぁ。」
「…まぁ、明良なら大丈夫だろうな。」
「てかさ、この間の日本バレーの試合見たか!?」
他愛もない話で結構盛り上がれた。
離れていた分、知り得なかったことを話す。そして、お互いのことを少しだけまた多く知る。
その懐かしい感覚に、俺は喜びのあまり泣き出しそうだった。
俺が本当に好きだった人と1度は離れてしまったものの、もう1度戻ってくることが出来るかもしれないと思えたから……。
「……そういえば、武博って昼飯食べたか?」
時間が経つのをすっかり忘れていて、気づけばもう午後の1時半を過ぎていた。
「いや、まだだけど?」
「じゃぁさ!すぐ近くの鍋屋行かね!?割引券持ってるからよ!」
優に誘われ、俺たちは駅裏にあるといういろいろな種類のちゃんこ鍋の美味しい店に入った。
俺は初めて入ったのだが、優は結構この店に来ているらしく、慣れた様子だった。
店内は個室のように一室ずつ壁があって、他の部屋と別れていた。通路側にも障子のような扉があり、中の様子が見えないようになっている。
ちゃんこ鍋の店で和式ということもあり、部屋それぞれ靴を脱いで入るようになっていた。
これなら、人の目を気にせず食事が出来るし、畳で食事が出来て馴染みやすい。
俺は優にオススメのちゃんこ鍋を聞き、それを注文した。
優は唐辛子がたくさんの辛鍋を頼んでいた。
「今どきの鍋屋は電話で注文するのか…。」
「この方が効率がいいんじゃないかな。鍋はおかずを盛るだけだから運ばれてくるの早いからいいよなー。」
「確かにな。…優はよくこの店に来るのか?」
「部活の奴らでよく来るんだよ。ここ、でっかい広間とかもあって団体客も入れるんだよ。」
「へー。すげぇな。」
「武博こそ、この店知らないのかよ。結構有名な店なのに。」
「名前は知ってるよ。全国に店あるもんな。でも、昔からあんま外食っていうのはしないからさ。入ってみたいとは思ってたんだけどな。」
「まーじか!…じゃあ今度、俺のオススメの店行こうぜ!俺、結構グルメには詳しいんだぜ!」
「それいいな!頼むわ!優がそんなに食通だなんて知らなかったよ。」
「ふふ~ん♪俺の隠し自慢だ!」
「はははっ!隠すなよー、もったいない!」
……………………………………ヤバイ。どうしよう……。
……こうやって、優と一緒に話すことが、楽しすぎる…。
…………………俺はもう、きっと優の恋人にはなれないのに……。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
58 / 162