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#92
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そうこうしていると、あっという間に学校に着いた。
部活をしている生徒もいるため、生徒玄関は空いていた。
俺たちは靴を履き替え、校舎へ入った。
生徒がほとんどいない校舎に入ることがなかなかない俺にとっては、ある意味貴重な体験だった。
「……俺たちの教室は、2年6組…、だっけ?」
「…そう。…3階の端のとこだよ。」
珍しそうに校舎を見渡している優を連れて、俺たちの教室まで向かった。
当たり前だが、教室には誰もいなかった。
妙に緊張しているように見える優の手を引き、教室に招き入れた。
優は本当に珍しいものを見るように、天井の端から床の傷の細かいところまでを鮮明に見つめているようだった。
「……ほら、優、こっち。」
俺は1つの机をぽんぽんと軽く叩き、この席に座るように優に促した。
優は素直に椅子に座り、自然と正面の黒板を見た。
「…………ここが、優の席だよ。」
そう言うと、優は嬉しそうに微笑んだ。
そして、自分の席だとわかると、机の中のものを引っ張り出してみたり、机に伏せてみたり。
優の行動の1つ1つが、自分の記憶を辿ろうとしているものではない。純粋に、ここに座っていることを喜んでいる。
そう感じられて嬉しかった。
「…なぁ、俺って成績良かったか?」
「んー?良くないよ、むしろ悪すぎるくらい。」
「え!そうなのか!?」
「そうだよ笑笑。俺と優は、いっつも定期テスト前の3日間くらいは毎日タケに勉強教えてもらってるんだよ。」
「まじか!ちゃんと勉強しなきゃじゃん!何やってんだよ、俺!」
「ははは!…優は勉強しない分、部活頑張ってるんだよ。ただのサッカー馬鹿だったからな。」
「確かに。″ボールと友達″っていう言葉がめちゃくちゃ似合ってたもんな。」
懐かしい。
頭の中に、以前までの優の姿が描かれていく。
…いつも、勉強なんてしない奴だった。
部活ばっかり。
遊んで、笑って、走り回って。
それでいて、十分すぎるくらい青春を楽しんでいた。
たった数日前までその光景は、自分の目の前にあったはず。
見たいときはすぐに見れて、見たいと思わなくても自然と目に入る。
それくらい当たり前だった日常。
それが今では、思い出して懐かしいと思えるほど遠くの情景になってしまった。
その意味を考えるほど、辛いことはない。
でも、俺はその苦しさを飲み込み、前を見た。
……前に進むんだ、俺たちは。
その後、教室を出て他の校内も見て回った。
体育館、サッカー部の部室、思い出の図書館や実験室。
あらゆるところを今までの思い出を踏まえて見て回った。
たくさんのことを優に話したつもりだった。
でも、優は珍しいと言わんばかりの顔で校舎を見ているだけで、少しの記憶も戻らなかったようだ。
そう俺たちに申し訳なさそうに話す優。
俺はそんな優の肩に手を乗せた。
「…ごめん…。せっかく連れてきてもらったのに、何も思い出せなくて…。」
「何言ってんだよ。…昨日の今日だし、そんなにすぐなんて思い出さないよ。」
「そうだよ、優。……冬休みも始まったばっかだし、ゆっくり、な?」
……そうだよ…。
まだ冬休みが始まったばかりだ。
新学期が始まるまで、まだまだ時間はある。
俺たちの学校は、早く終業式があったからと言って、他よりも早く新学期が始まるとは限らない。
むしろ、他の学校よりも冬休みが長いこともある。
まだ、冬休みは2週間以上残っている。
それまでに。
学校が始まるまでに、必ず、優の記憶を戻して見せる。
そう、心に決めた。
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