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リップショコラ=アングラッセ
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赤国
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しんしん、しんしん。東京では見ることもできない、雪が降る。
真っ白なそれがくるぶしまでも積っているからだろうか、足取りは重い。
ざくざく白を掻き分けながら、俺は、目的の場所へと向かっていた。
切っ掛けは、先日の電話での会話だったのだと思う。
俺は東京、恋人…国見英は宮城と、一介の高校生としては遠い距離にいる俺達は、そうそう会うことはできない。そして、双方が口下手で面倒くさがりなものだから、連絡も少ない。だからこそ、彼との短い会話は貴重だった。
その日も、自分のチームのメンバーの話をする英の声に耳を傾けていた。
「今日も及川さんがファンクラブのメンバーに囲まれてて」
「多分、バレンタインの話題だったと思う」
「何がほしいんですかーって聞かれてた。うるさかった」
英の所属する青城高校に、及川徹という選手がいることはバレーに傾倒する者には常識のようなものだ。その性格でさえ周知の事だったが、彼の愚痴を聞いているのはなかなかに楽しいものだった。
「貰う予定?」
「え」
「あるでしょって………うん」
「まあ…そうだね毎年ある程度は」
「……怒ってる?」
別に怒っているわけではなかった。自分の恋人がモテるのは嬉しいものだ。そう言うと英も微かに笑って、そっちこそでしょう、とすねた演技をした。確かに、どっちもどっちだ。
「勝負でもする?」
「どっちが多く貰えるか」
時々、悪戯っぽい彼が好きだ。それに伴う駆け引きも。
「どんな種類がほしいのかって…」
「京治さん、そんなこと知ってどうするの」
平坦な声に僅かの淋しさが滲んでいるように聞こえた。言外に、会えないのに、と付け足されているようで。何でも無いよ、とそこでその話は打ち切った。それ以上言わせまい、と。
何でも無い話をして終わった画面には10分36秒の文字。ハードな練習をしなければならない身では、その程度でも贅沢だろう。けれど、本人を抱き締める以上の効果など、得られるわけもない。俺は、英からのプレゼントのスポーツバッグに、1日分の着替えを詰めた。
地図アプリを確認する。そろそろ電池も限界かもしれない。それに、電波も通りづらい。以前、まだましな方だと言っていた英を思い出す。まさか凍死することはないし、何度か通った道なので迷うこともないだろうが、暗い道を案内無しで進めるかは些か不安だ。
急ぐか、と歩を早めた。
白く染められたバスが通りすぎる。少し先のバス停に留まるようだ。
そういえば、この道が通学路だと英は言っていた。いつもこのバスを使っているんだな、と横目で見る。殆どの席を人が乗占めている所を見るに、恐らく通勤、通学者の帰宅便なのだろう。
「…京治………さん?」
眠そうに沈んだ眼が俺をとらえた瞬間、見開かれる。
なんとなく予想していた反応でも、実際見るのでは全く嬉しさが違う。
柄にもなくにやけそうになるのをなんとかこらえ、彼に笑いかけた。
「けいじさん…っ!!」
英は、即座に走りよってきて俺を抱き締めた。
あの時、どうして今直接会えないのかと焦らされた理不尽な距離は、彼も焦らしていたのだろう。何処までも、似た者同士だな。同じように抱き締め返すと、少しだけ汗のかおりがした。
「逢いたかった」
「どうして」
「本物ですか」
俺の存在を確かめるような言動は、英の細い肩に顔を埋めてうなずくと止まる。
がさり、という音を立てる、右脇のスポーツバッグ。
それに気付いた英が、漸く拘束を解いた。それを合図に、俺達は歩き始める。英の家に向かってだ。最中にも、話題はつきることがない。
「え、荷物これだけですか」
「おもわず、って…」
「あはは、京治さんにしては衝動的ですね?」
人気のない道に再び雪が降り始める。
はらはら、花びらのように落ちて彼の頬に付いた。
歩を止めて、結晶を拭う。
「……俺だって、そうです。」
「京治さんのことになると、バカみたいに必死で。」
「寂しかった」
「どうしてこんなに遠いんだろ」
俺の恋人は、俺と同じく不器用だ。うまく笑えずにそっぽを向いてしゃべる。言ったことをなかったことにしようと歩き出した彼の手をとって。
「…なにコレ」
「……開けてもいいんですか」
俺のより一回り小さなかじかんだ手のひらに載った小箱は、綺麗な碧色で、彼の瞳の奥の色だ。懸けられたリボンをほどくと、その丸い瞳が瞬いて、ふにゃりとくずれた。
「俺が…あの時、言ったから。安直だなぁ」
「なんでこのチョイスなの、デパ地下にでも行った?」
「ふふ、やっぱり。」
英は、一番人気よりも端っこで静かに眠っているモノが好きだ。綻んだ表情は、それを物語っている。これは、お気に召した時の表情。彼はその粒を一つ手に取り、口に運ぶ。
「冷たい。京治さん、歩きで来たでしょ。どこから?」
「……バカだなぁ…ほんと」
「でも、………そんなとこが好きだよ」
尻すぼみに告げられた言葉に返事をする暇もなく。
口のなかに苦く甘い味が広がった。
誘われて簡単にのって、彼のいうとおり俺はバカなのかもしれない。
「んっ…」
「あ、んまり…あ、がっつかないで…ぅあ…ん」
英が自分から入れた舌を、絡め取って吸い、上顎から歯列、彼の敏感なところをなぞる。その度に英の身体は上下し荒い息が漏れた。
「ん、……ん、んぅ」
あつい熱が二人の間に籠り、意識を溶かしてゆく。
重なるたび、唾液が音をたてる。
どれだけ経っただろう。短い時間の繋がりは、英が柔く俺の舌を噛んでそのまま舌を引いたことで終わった。
「っは、ぁ。……満足、した? ふふ、こんなとこで、何やってるんだろ」
ちゅ。
リップ音とともに唇が離れる。まだ、舌は甘い。
流れるような手つきで俺の唇を撫でると、英は身体の方向をもとに戻した。
「ねぇ京治さん、」
首だけかしげてこちらを見る。両手で持った箱を俺に見せた。
「今日の昼にさ、メールで『いくつもらった』って聞いたけど…あの時、京治さんと俺のチョコ、同じだったんだ、数。」
「……ふふ。俺の、勝ち」
微笑んだ横顔はあまりに綺麗で、俺はきっと彼には一生勝てないのだと思った。並んで歩む道ももうすぐ終わる。シンプルな家についた明かりのなかに入る直前、彼は掠めるように囁いた。
「続きは……あとで。…ね?」
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唇ごと奪って。
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