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だいじなことば
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俺は、聞いた話を伝えるのが苦手だ。伝言ゲームなんかもう壊滅的。俺とチームになりたくないっていつも言われるくらい、とにかく苦手だ。
苦手っていうか、正直めんどくさい。
聞いたことを一言一句間違わずに伝えなくても、大体で伝わるならそれでよくない?
だから、俺は人に話をするとき結構間をとばすことが多い。例えば、母さんが
『ママ今日遅くなるから、にいちゃんにご飯の材料買い物しててって伝えといてね。』
って言ったら、
『にいちゃん、ママ遅くなるからだって』
で終わらせちゃう。
そんで、帰ってきたママににいちゃんがすごく怒られて、にいちゃんが俺に怒る。
「お前な、そんないい加減なことしてたらいつか痛い目にあうぞ。」
これは、俺が幼なじみのせいじに言われた言葉。せいじはすごいんだ。俺がどんだけ間を抜いてもちゃんとわかってくれる。だから、せいじに言われた言葉の意味がわかんなかった。なんで?だって、せいじはわかってくれるじゃん。
「いつき、帰ろうぜ」
放課後、せいじは必ず俺を迎えに来てくれる。でも、今日はちょっと用事があるんだ。せいじに、ちょっと待ってって伝えて俺はクラスの友達の、わたるの所へ行った。さっき、わたるの友達ってやつがわたるを迎えに来てたんだ。わたるから伝言頼まれて伝えて、そいつが言ってたことも言わなくちゃ。
「わたる、さっきおまえの友達きたよ」
「ああ、階段で会った!ちゃんと伝えてくれたんだよな?ありがと。あいつ、なんて言ってた?俺急いで上がってきたから聞いてなくてさ」
「お前と帰れなくても平気だって」
俺がそいつの言葉を伝えたとたん、わたるは顔を真顔にして「え…?」って言った。
…なんかまずかったかな?わたるの話を伝えたあと、そいつが寂しそうにしてたから『一人で帰るの平気?』って意味で
「平気?」
って聞いたら、平気だって言ってたんだけど。
よくわかんなかったけど、話は伝えたし後はせいじに帰ってからは遊べないって言わなくちゃ。わたるの様子が気になったけど、後で遊ぶときさっきの子もくるだろうから大丈夫だろって俺はせいじの所へ戻った。
「お前、さっき何話してたんだよ?」
帰り道にせいじに聞かれてなんのことかなってきょとんとしたらクラスの奴と言われて、さっきのわたるとの会話のことかと気付いた。
「うん、なんかわたるを迎えに来た子にわたるが『一緒に帰れない』って伝えてくれって言ってたからその話。ちゃんと伝えたよって」
「うそだろ」
せいじがぴしゃりと即座に切った。なんだよ。うそってなんだよ。
「帰れない、だけだったのか?ちゃんと伝えたのかよ」
せいじにじいっと見つめられて思わず目を泳がせる。…ちゃんと伝えたよ、な?確かにちょっと間はぬかしちゃったかもしんないけど、そんなのいつものことだし。
「…伝えたよ」
「はあ…、お前なあ。」
呆れたようにため息をついたせいじの態度にうっと息を詰まらせる。
「前にも言っただろ?いい加減なことばっかしてると痛い目みるぞって。」
「なんだよ。大事な所は伝えたんだからいいじゃん、大丈夫だって」
「どこが大事かなんてわかんないじゃねーか。…もういいわ。」
心底うんざりした顔で『じゃーな』って帰って行くせいじに、なんだか胸がもやもやした。俺の性格はわかってるはずだろ?なのに、なんでそんな言い方するんだよ。
その日、俺はわたるたちと遊ぶ約束をしてたから公園に行ったんだけど、わたるの友達ってやつは来なかった。
それから、わたるは俺たちと遊ぶ約束をして、わたるの友達に俺が伝言することが何回かあった。なのに、わたるの友達は一回も来たことがない。わたるもどんどん機嫌が悪くなっていって、そのうち友達はわたるを訪ねてこなくなった。
そればかりか、わたるは仲がよかったはずのそいつに悪口言ったり無視したりするようになって。あんなに仲がよかったのになあ、なんて不思議に思ってた。
それから何日かして、クラスで授業の準備をしていたらわたるがすごく怒りながら教室に入ってきた。
「お前、どういうことだよ!」
「え?なにが?」
机をばん!と叩かれて怒鳴られ、びっくりして目を丸くしてるとわたるはさらに俺に怒鳴った。
「俺があきおに伝えてくれって言ってたこと、ちゃんと伝えてくれてなかったじゃんか!おまえのせいで、俺、あきおとずっと喧嘩してたんだからな!」
わたるがものすごく怒りながらそう言った。俺のせい?なんで?
「いい加減な話の伝え方しやがって!ちゃんと言ったって言ってたくせに、嘘ばっかり!」
「そういやあいつに頼むといっつも適当に言われるよな~」
「わざとじゃないの?二人を喧嘩させようとしてさ」
「そうなのか!?俺とあきおを喧嘩させようとしてたのかよ!」
わたるが怒るのに便乗してクラスの奴らがみな揃って口々に俺に文句を言い出した。俺はもう泣きそうになってキョロキョロするしかできなくて。せいじが俺に言ってた事が頭んなかに浮かんだ。
「ほんと最低だな!もうお前なんかと遊ばないからな!」
わたるがそう怒鳴ると同時にがらりと教室の扉が開いて、せいじがひょこりと現れた。
急に扉が開いたもんだから、クラス中みなせいじに注目する。そんな中、せいじは視線を気にすることなくすたすたと俺の所までやってきた。
正しくは、俺の所ではなくわたるの所に。
「ほんとこいつだめな奴だろ」
俺を指差しわたるに向かってそう言うせいじ。俺はクラスの奴に言われるよりなにより、せいじに言われたってそれがショックだった。だって、せいじは俺には言うことがあってもほかの奴に俺の悪口を言ったことがなかったから。
じわりと涙が浮かんで、思わず俯く。
「でも、俺はお前もだめだと思う」
そしたら、せいじはわたるに向かってはっきりとそう言った。
「な、なんでだよ!こいつのせいで俺は…」
「確かに、ちゃんと伝えなかったこいつが一番悪いよ。でも、お前友達と喧嘩する前か途中にでも、自分でちゃんと話に行った?」
せいじに言われて、わたるがぐっと口を閉じた。周りの奴らも、何だかそわそわしてる。
「お前だって、自分で話もしに行かなかったくせに勝手に怒ってあきおにも八つ当たりしたりしてそんでやっと原因わかったからって全部をこいつのせいにするのってずるくない?
少なくともあきおにすぐに確かめに行ってたらそこまでこじれることもなかったじゃん。
大事な言葉は言わなきゃ伝わんない。それが大事なやつに話すことならなおさら人任せじゃなくて自分で言わなきゃだめだろ」
「…お前なんであきおとのこと知ってんの」
「俺?あきおのクラスのダチ。あきおから話聞いてた」
そうだったんだ。だから、せいじは俺が間抜かして伝えたって知ってたんだ。
わたるを始めクラスの皆が気まずそうにもじもじしている中、せいじは俺の手を取って教室から連れ出した。俺はせいじに手を引かれて歩いてるうちに、涙がぼろぼろ溢れてきてしゃくりあげながらせいじについて行った。
「だから言っただろ、痛い目みるぞって」
人のこない階段下に連れて行かれて、手を離して俺に向かい合ったせいじがよしよしと俺の頭をなでる。
「どの部分が大事かなんてそいつにしかわかんないんだからな。めんどくさくても勝手に話の間抜かしちゃだめだ。わかったか?」
俺はぼろぼろ泣きながら、こくこく頷いた。せいじの言うとおりだ。俺、話なんて大体でいいって簡単に考えてた。でも違ったんだ。言葉ってのは、きちんと伝えないと意味がない。大事な言葉は、俺が勝手に決めちゃいけなかったんだ。
わたるとその友達に、ちゃんと謝ろう。今度こそ、ちゃんと伝えるんだ。『二人の仲をめちゃくちゃにしてごめん』って。
ひっくひっくとしゃくりあげる俺を、せいじは黙ってずっと撫でてくれた。
「…せいじ、は、なん、で…?」
せいじは、俺が間を抜かして喋っても俺が言いたい事をちゃんとわかってくれる。それは、せいじだからわかってくれてたんだって今回はっきりわかって、それがすごく不思議だった。泣きながらせいじをじっと見ると、せいじはにっと笑って俺の頭をぺんと叩いた。
「俺はお前が大事だからな。大事なやつの言葉は多少抜けててもわかるんだよ」
せいじの言葉に、俺は涙がぴたりと止まってしまった。それから、じわりじわりと心臓の当たりがあったかくなる。
「お、俺も大事!」
「知ってる」
『せいじが』が抜けちゃったけど、せいじは俺が言い直す前に笑ってそう言った。
それから、授業が始まる前に教室に戻るとわたるが俺のそばにやってきて『ごめん』ってあやまってくれた。わたるだけじゃなくて、あの時一斉に俺に文句を言ってた奴らもぞろぞろ俺の周りにやってきて口々にごめんって言ってくれる。俺も、ちゃんとわたるに謝った。わたるの友達にも謝りに行った。
皆とちゃんと仲直りできてすごくほっとした。
そんで、それから俺は人に話をするときはめんどくさくてもちゃんと伝えるように頑張ってる。ずっとしてきた悪い癖はなかなか抜けないけど、以前よりは全然マシになった。
でも、ただ一人。せいじの前でだけは、いつも通り。
せいじだけは、わかってくれる。俺のこと、大事だからって。
だから俺、ずっとずっと、せいじの前ではめんどくさがりのままでいるんだ。
だから、せいじ。一生、俺をお前の大事なやつにしててね。
end
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