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兆候-13
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勢いで教室を出たはいいものの、どこへ向かえばいいのだろう。あの空間にはもう戻れない。
大河は一度、自宅のアパートに戻った。戻ると嫌な事を思い出して気分が沈んでしまいそうだったが、それでも学校にいるよりはマシだった。
「俺はどこも変じゃねえ……」
ソファに転がりながら、大河は暗示するように自分に言い聞かせた。
どこも具合は悪くない。病気じゃない。狂ってもいない。至って平常なのだ。
だが、あの窓硝子に映った文字は?
あれは見間違いなのか? 他の生徒や柏木には見えていないのか? あの、血のような赤い液体で書かれた言葉が。
(俺にしか見えてねえ、のか)
やはり、大河がおかしいのか。大河しか気づかないのは、大河自身が見ている幻覚だからか。
……嫌だ。認めたくない。違う。狂ってなどいない。
考えても正確な答えなど出ない。永遠のループに陥るだけだ。
「……はあ」
大河は考える事を放棄し、眠りに落ちようと目を瞑った。しかし妙に目が冴えて眠れない。
果たして一度は眠りに入ったのか、それともただ時間だけが経過したのか。閉じていた瞼を上げると、アナログ時計の時刻は午後五時を示そうとしていた。
学校に鞄を置いてきてしまった。大して中身など入っていないが、携帯を取りに戻らなければならない。先日からずっと取れない疲労を残した身体で、大河は夕方の学校へと向かう。
この季節、五時になれば辺りは暗い。電車に乗り、学校へ着けば時刻は五時半を回っている。たった三十分程度の間で、空は真っ黒になっていた。
二階、二年生の教室が並ぶ。大河のクラスである二年C組の教室だけ電気がついており、その教室の前の廊下だけ床が照らし出されている。他は真っ暗だ。
大河が教室の前まで来ると、中から数人の話声が聞えた。残って雑談でもしているらしい。
「そういえばさ、仲宗根って最近変じゃね?」
「えー、そうかぁ? 別に普通だろ。いつも通りおっかないだけじゃん」
「今日、いきなり立ったよねー」
「それだけだろ」
話題はちょうど大河のことだった。教室の外に本人がいるとも知らず、彼らは話を続ける。
「かと思えばいきなり早退するし? 一体何だっつの」
「それだけじゃねえって。吉田の話聞いただろ」
「あー……トイレの鏡割ったって」
「あいつなら普通にやりかねないような」
「そうかなー。今まで学校の物壊した事ないよ」
「たまたまだろ。殴れるんだったら人でも物でも何でもいいんだって」
(何で俺は隠れて盗み聞きしてんだよ)
壁に背を預けていた大河はそんな自分に苛々して、戸をガララッと開けて中に入った。
音に驚いて教室の前を振り仰いだクラスメイトたちの顔は、驚愕よりも恐怖の色が強くなった。
「やべ、こんな時間だっ」
彼らは慌てて私物を纏めると、ガタガタと机にぶつかりながら教室の後ろの方から出ていく。本人のいない場では何でも口に出来るくせに、その前だと竦み上がって逃げることしか出来ないらしい。
「俺はどこも変じゃねえっつの」
誰もいなくなった教室で、大河は一人呟いた。
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