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過程-9
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一人見知らぬ異国の地へ訪れたような新鮮さと不安があったが、周囲を睥睨して浮ついた声を静めると宇佐美から送られてきたメールを開く。
三人の男子生徒が写った画像。そのうちの一人が教室内に現在いる顔だと確認した大河は、厄介なことを引き受けてしまったという後悔はあるものの、それでも携帯電話をしまって二年F組を覗いた。
ホームルームが終わった放課後直後、教室内は騒然としていたが、廊下に佇む大河の存在に気づいた者から順々に感染し、賑やかな声は姿をすっかり潜めみな小声で会話するようになった。そんなあからさまに反応しなくてもいいんじゃないかと思う。
教室の前の入口の方から中を確認すれば、窓際から二列目の最前に目的の人物がいた。席を立つ気配はなく、友人と雑談している。
教室に足を踏み入れて直接呼び出すような真似はしたくない。好き好んで注目される趣味は持ち合わせていないのだ、大河はF組の生徒らしい男子に適当に声を掛けた。
「藤川って奴いるか」
「え?」
「藤川だよ」
「……あ、ああ」
男子生徒は狼狽えながら教室に戻り、藤川に声を掛ける。こちらを振り向いた藤川は大河を見ると至極怪訝そうな顔をしたが、重そうな足を引き摺って廊下に出た。極端な腰パンで本当に重そうだ。
「俺に何か……」
中途半端に切られた言葉は不安のためか何処となく暗く低く陰鬱そうだ。それは大河のせいであるのだが少しの同情というものを覚える。俺も本当は好きでお前を呼んだんじゃないんだけど、と保険を張っておきたい気分だ。
「来いよ。話がある」
知り合いでも何でもない大河に言われ困惑した様子だったが、有無を言わせぬような威圧感に負けた藤川は一定の距離を保ちながら大河の後を歩く。自分は何かまずいことをしただろうか、何をされるのだろうかという疑問と不安に渦巻く心中が背中からひしひしと伝わってくる。鬱陶しいそれは、二階講義室に入ると言葉に変わった。
「な……俺、何かしたかな……」
それは大河が一番知りたいことだった。藤川は一体、宇佐美と何があったのか。それは尋ねていいことなのか分からなかったが、知らずと口をついて出ていた。
「うちのクラスの宇佐美と何かあったのか」
「は?」
思ってもみない質問をされた、という間抜けな顔をしていた。
「いや、何もない。普通だけど……何で」
「別に。……藤川、お前もう学校来んなよ」
告げた、瞬間。今の大河の言葉が聞き取れなかったように「何て?」と引き攣った顔で藤川が言う。だから大河は明瞭な発音で「学校来るな」ともう一度押した。
どうして初めて話した相手にこんな話を、と思うと滑稽だった。
「えっ……何で。何で仲宗根がそんなこと言うんだよ。俺、あんたとは何の関係もないよ」
絶対に犯してはならない失態を犯してしまったのを弁解するように上擦った声で、藤川が主張する。もっともだ。大河に命令される所以など欠片も見当たらないだろう。大河だって、このような伝言役、というか脅し役は好きでやっているのではない。
「俺じゃねえ、宇佐美だ。宇佐美が、言えって、お前に」
「あいつが……?」
先刻と同様の名前を出した時、藤川の顔が変化した。一度目に宇佐美の名を出した時とは異なる反応。
「心当たりでもあんのかよ」
「お、れはあいつには何も……」
「お前、宇佐美の友達か? 本当はどんな奴か知ってんのか」
詰問すると藤川は視線を伏せた。沈黙の後、小さく「逆らうと怖えから、虐めに加担したりしてんだ」と罪を告白するように呟いた。
なら、学校に来るなという命令に逆らえば今度はこの男が虐めの対象になるだろうことが想像できた。
「だったら素直に宇佐美に従うんだな。それを無視するなら、あいつか俺が、強引に、学校に来させないようにする」
「……」
藤川は俯いて絶句を続けていたが、不意に恐る恐る顔を上げた。
「仲宗根って宇佐美の友達?」
「……んな訳ねえだろうが。連れでも何でもねえよ」
そんな不愉快な話があって堪るか。不快感を抱かずにはいられない。
「じゃあ何なの。何で宇佐美の代わりに脅迫なんかやってんだ」
「あいつはただのクラスメイトに決まってんだろ。頼まれただけだ」
「……それだけかよ?」
含みのある言い方に引っ掛かりを覚える。不愉快さは上昇し、藤川を睨みつけると相手は口元を半笑いにして言った。
「あいつに脅されてんの?」
急速に頭が熱くなった。
何だ、その憐れむような目は。その馬鹿にするような顔は。
大河の腕は自然と藤川の胸倉を掴み上げて壁に押し付けていた。
「余計な詮索してんじゃねえ……お前はただ言う事を聞いとけばいいんだよ」
獣が噛みつかんばかりに低く唸れば、先刻の僅かに優位に立ったかのような表情を崩して忙しなく目を泳がせた。
「ごめんてっ……ず、図星だとは思わな」
「違う」
言い張っても、藤川が言うように図星なのは容易に見て取れるのだろう。けれど、仲宗根大河が宇佐美路人の下についているというような関係を口に出されるのは大変な屈辱だった。
「俺と宇佐美の間には何もねえ。次変なこと言ったらぶっ殺すぞ」
「あ、ああ……分かったよ」
顔を引き攣らせている藤川から手を離す。皺の寄ったそこに手をやって安堵した藤川は薄い眉を歪ませて咳き込んだ。
「じゃあ、分かったなら来んなよ」
「ちょ……待てよ。突然すぎるだろいくら何でも。簡単にきける話じゃ……」
「知るか。本人に言えよ」
「じゃあせめて理由だけでもさ」
「顔が見たくねえんだと」
「それだけかよ? 有り得ねーだろ、そんなの……もっと他にあるだろうよ」
「ぐだぐだほざいてんじゃねえ!」
苛立ちに任せて、ダン! と藤川の背後の壁を殴ると相手は肩を大きく揺らして「ひっ」と情けない悲鳴を上げた。
訊かれたって大河は知らない。何も知らされずに「やれ」と言われたことを今しているだけなのだ。
「お前ら何やってる」
はっとして入口の方を見れば教師の姿があった。柏木だった。舌打ちしたい気分を抑え、大河は講義室を立ち去ろうとするが、柏木と擦れ違ったところで腕を掴まれた。
「Fの藤川? あいつに何かしたのか」
柏木の顔色には別に責めるような色はないが、最初から大河が加害者だと決めてかかるような言い方に反感を覚え、乱暴に手を払った。
「何もしてねえよ」
面倒くさい場面を見られた、と今度は本当に舌打ちして、逃げるように去った。「仲宗根、待てよ」という教師の声は完全に無視して廊下を走った。
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