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『【ヒース】 花言葉:孤独』
*
ふと、目を開けると外が明るくなっていた。
眩しいと感じるとともに頭が覚醒していく。
曉館に入居して今日で3日になった。
けど、昨日は1日部屋に引きこもっていた。
何度かインターホンがなったが電源を落とし外界との連絡を絶った。
人の前で泣いたのは赤子のとき以来だ。
悲しいことなどなかった。
泣いたとしても誰も見ていなかった。
泣く理由など無かったから、泣く必要は無かったから…
『希偲ちゃん。これお守りだよ』
希偲の手に握られているのは小さなくまのぬいぐるみ。
それは相手の顔も覚えられない幼き日に当時の婚約者にもらったぬいぐるみ。
混妖の能力が発揮されて解消になってしまったが。
希偲はベッドから起き上がるとキッチンへと向かった。
コーヒーマシーンのスイッチを付けると豆と水をセットする。
次第にコーヒー特有の香りが部屋中に立ち込めていく。
メガネをかけるとポストに届いていた新聞に目を通す。
「原因不明 行方不明者続出…か。やはり、外は危険だな」
だが、今日からは引きこもるわけにはいかない。
自分のすべきことがあるからだ。
希偲は出力の終わったコーヒーマシーンのスイッチを切り容器からカップへと流し込む。
「うん。やはり、コーヒーは挽いた豆によるな」
空になったカップをソーサーに置くと服を着替えに衣装室へ入る。
用意された制服。黒と白とピンク。いかにも金持ち学校といったところだ。
ひとつひとつ丁寧に袖を通していく。
希偲は鞄を手に取ると部屋を出た。
エレベーターのボタンを押すと後ろから声をかけられる。
「希偲様!どちらへお出かけですか?」
「…私はあなたを1度もSSと認めた覚えはないわ。そんなあなたに報告する義務と意味はないでしょ?」
「…っ…」
希偲はエレベーターに乗り込むと1階のボタンを押す。
そして、最後ににっこりと福山に言い放った。
「処分して欲しいならいつでもして差し上げますよ」
言い終わると同時にエレベーターの扉が閉まる。
希偲は視線を下に落とし唇を噛んだ。
「大丈夫…、これが正しいの」
そう、自分に言い聞かせると扉が開き外へと向かった。
*
教室には20人ほどしか人はおらず、けれど少しざわざわとしていた。
「西彼杵 希偲です」
言われた席に座る。
窓際の1番後ろ。
右隣は空いていた。
「こんにちは、西彼杵さん。初めまして」
「…こんにちは」
可愛らしい女の子。
ピンクでふわふわの髪の毛。
肩くらいでくるんとなってる。
「私は花澤香菜。よろしくね!」
「あ、うん」
「授業が終わったら校内案内してもいいかな?」
「うん。よろしく」
今までにないタイプだ。
どんな女子でも、これだけ簡素な返答をすれば怒っていたのに。
花澤は希偲にクラス名簿と座席表を渡す。
「うちのクラスは人数少ないからすぐ覚えれると思うよ」
「ありがとう。ねえ、隣の…」
「あぁ、たつくん?彼はね…」
少し困ったように笑う花澤。
希偲は名簿に目を通す。
鈴木達央。顔はイケメンの部類に入るだろう。
「ちょっと難有というか…」
「え?」
どういうこと…と聞こうとしたがちょうど本人が教室に入ってきた。
金髪にブレザーの下にパーカー。
腰パンこそしていないがすこし厳つい柄のベルトに鍵やらなんやらがじゃらじゃらしてる。
「鈴木!また遅刻か…」
「来ただけいいだろ。信長!お前も教室戻れ」
「はい、たつさん。ちゃんと授業受けなきゃだめですよ」
信長と呼ばれた男はにっこりと笑顔のままで去っていった。
少しクラスメイトが怯えてる中鈴木は何もないように席へとやってきた。
「…お前誰?」
「す、鈴木くん。転校生の…」
「今日からこの席の西彼杵 希偲です。よろしく」
鈴木は希偲をじっと見つめると盛大に舌打ちをして席についた。
第一印象はめんどくさいやつ。
*
「こんにちは、俺は寺島拓篤!このクラスのクラス委員長です。よろしくね」
「ちなみに、私もクラス委員長なんだよ」
優しそうな寺島と可愛らしい花澤。
二人共ムードメーカーなんだろうな、なんて思う。
希偲の隣の鈴木は怖い顔して何かを見てる。
「たつ、ちゃんと自己紹介した?」
「めんどくさい。てらしーがやっといて」
「それ自己紹介じゃないだろ?」
「痛い痛いっ、頭蓋骨潰れる!」
片手で鈴木の頭を掴む寺島。
力を込めてるせいか手の甲に血管が浮かんでいる。
「ごめんねー、悪いやつじゃないんだけどひねくれてて…」
「誰がだ」
寺島と鈴木が言い合う。
花澤はにこにことそれを見てる。
すると、扉の方から誰かが鈴木を呼んだ。
「お、信長」
信長と呼ばれた男はこちらに来ると早々に希偲を睨む。
「誰ですか、この女」
冷たい声。嫌われてるのがよくわかる。
けど、そんなの気にしてなんていられない。
希偲はにっこりと笑顔で信長を見る。
「今日転校してきたやつ。なんとか希偲」
「西彼杵 希偲です」
「…西彼杵?」
信長は一旦驚いた顔をして次の瞬間面白いものを聞いたというかのようににやりと笑う。
今まで周りから見られてきたその視線はもう慣れてしまった。
希偲は信長を睨む。
「ふぅん…、西彼杵さんね」
「そろそろチャイム鳴るぞ、信長」
「あ、はい!んじゃ、また来ますね。たつさん」
信長はそう言うと教室を出てった。
希偲がため息をつくと花澤が信長について教えてくれた。
「さっきのは一学年下の1年生の島﨑信長くん。鈴木くんとすごく仲良いんだ」
「そっか」
何となく島﨑が行った方を見てるとチャイムが鳴り先生がやってきた。
授業の用意をしようとするが肝心の教科書は明日届く。
希偲は意を決して鈴木に話しかけた。
「悪いんだけど教科書見せてくれない?」
「あ?…ん」
鈴木は机の中から教科書を出し希偲に差し出す。
希偲はお礼を言うと言われたページを開け、机に置いた。
「鈴木くんは教科書見なくていいの?」
「別にそんなもんなくったって勉強に支障はない。お前って曉館の新しい入居者だろ?」
「え?…うん」
突然の話題に驚きつつ肯定の返答をする。
鈴木は若干ため息をつくと黒板からこちらに視線を移した。
「俺も曉館の人間だ。神獣 龍 の先祖返りだ。まあ、だから授業って基本的に必要ないんだよ」
「あ、そうなんだ」
「他のやつは不便だな」
まるで嘲笑うかのように言う鈴木。
だが、それと同時に自分がβでないことに苦痛を感じてるようにも感じた。
「私はβになりたかった。特別なものはなにもいらなかった…」
「そういえば、お前って西彼杵家なんだな」
西彼杵家。先祖返りは皆知っている。
鬼族の分家だと。
それは混妖の一族だということを。
特に自分は…
「呪われた忌み子だ」
「別にそんなとこないじゃね?」
「え?」
「その命は誰かのためにある。忌み子だなんて愛してくれた人に対して失礼だろ。」
鈴木は至って真面目な顔でそう言う教科書の端っこをペラペラとめくった。
(意味?)
*
どうか、この命はあなたのためでありますように。
『君のための命にさせて』
まだ会ったことのない君へ。
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