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File.11
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【この感情を知っていたよ】
*
「姐さん大丈夫ですか?!」
「んー?うん。大丈夫だよ」
信長が心配そうに希偲の顔をのぞき込む。
すると、扉の方から騒がしい音が聞こえた。
「やっほー!みんなのお兄さんまもちゃんだよー」
高身長の男は黒いうさぎの耳をつけてスーツ姿。
黒いスーツ、黒いシャツに赤いネクタイが目立っている。
「まもちゃんうるさい」
「あ、神谷さーん!愛しのだーりんから預かってるよー?」
神谷に手渡されたのはクリスマスの絵柄がインプットされた紙袋。
可愛らしいサンタと雪だるまが寄り添いあっている。
神谷は大きくため息をついて手のひらで顔を覆った。
「いらない。捨てといて」
「もー、僕何でも屋じゃないんだからねー?そんなこというとこの紙袋はあの可愛らしいお嬢さんにあげちゃうよ?」
「はあ?」
神谷が顔をあげると颯爽と男は希偲の元へとやってきて紙袋を渡そうとする。
あまりの速さに皆が驚く。
「はい、お嬢さんのはこれ。当主様からのクリスマスプレゼントだよ」
「‥‥結構です。処分しておいてください」
(胸が冷えた。一瞬で。計算されたかのように、仕組まれたかのように教えこまれた。お前は‥‥)
「いやー、手厳しいねえ。分家当主様は」
希偲はそういう男を鋭く睨みつけた。
達央からグラスを奪い取るとグラスの中のものをすべて飲み干す。
「おい!」
達央の制止する声は希偲には届かない。
沈黙が部屋を包み込む。
「お嬢様はいつまでたってもおてんばですね。気をつけてくださいよ」
男はそういうと一礼し去っていった。
「では、よい夜を。メリクリ!」
くねくねした動きでウインクし風のように去っていった。
希偲と神谷は同時にため息をつくと水を飲んだ。
「希偲ちゃん、まもちゃんと知り合いなの?」
小野が少し屈んで希偲に問う。
希偲は少し嫌な顔をして言葉をこぼした。
「まあ‥‥、宗家当主様のSSなんです。私の今までの教養と学問は彼から教わりましたしここへと勧めてくれたのも彼です。ですけど、苦手なんです。全て見透かされてるようで」
希偲はそう言うと水の入ったコップにもう一度口をつけた。
透明の液体が徐々に無くなっていく。
「別に嫌いってわけじゃないんですけどね。というか、寧ろ仲いいですし」
「希偲ちゃんもまもちゃんにここを勧められたの?」
神谷が希偲へと問う。
希偲が神谷の方を見ると驚いた。
やや青ざめた顔。細い体で立ち位置が定まってない。
「神谷さん大丈夫ですか?!」
「う、うん。ごめん。希偲ちゃんと二人になって話したいんだけど‥‥」
小野は黙って頷き神谷を支えて歩き出した。
希偲も付いていこうとすると立ちくらみでふらつく。
だが、そっと誰かが支えてくれる。
「希偲様大丈夫ですか?」
「ええ」
落ち着く声。
福山は希偲を支えつつ小野と神谷を追いかけた。
*
二人きりの空間。
神谷の自室の1箇所で電気もつけずに話をする。
ぽつりぽつり零される言葉。
「というわけでさ…、僕もまもちゃんに暁館を勧められたんだ。あと、幼なじみたちが住んでたってのもあってね」
「幼なじみ‥‥ですか?」
「うん。二人の男でさ、SSと対象として生きてる。けど、ここ5.6年行方不明なんだ‥‥」
「え」
「けど、死んではいない。死んだらすぐにわかるし」
まるで先祖返りの運命を怨むかのように零される言葉。
そして、その二人を大事というのがとてもわかる響き。
けど、悲しみを孕んだその息がちょっとずつ漏れる。
「希偲ちゃんはまもちゃんと仲いいの?」
「宮野さんですか?んー、仲はいいと思います。家のこと以外では」
「家のこと以外では?」
神谷は希偲の言った言葉の意味をなんとなく気づいて顔を歪める。
希偲は分家当主だ。先祖返りで当主というのはかなりの意味があり分家に対しての圧力でもある。
お前らはその程度の人間の下にいる人間だという意味。
そして、宗家からの分家としての圧力。
分家当主で混妖の先祖返りということは宗家からの蔑みの目や言葉、分家からのやっかみを無慈悲にふりかぶされるということだ。
「普段は仲良くするんですけど、勉強や家のことになるとやはり宗家の人間だから‥‥」
「おうちの居心地悪かったの?」
「え?」
「当主が家を出るって相当のことじゃん」
「居心地は良くなかったです。けど、宗家の当主様は私にすごく優しくしてくれてましたよ。だからそこまで辛くはなかったです」
希偲は少し悲しそうに言う。
涙がこぼれそうなその瞳は赤色と金色のオッドアイ。
キラキラと輝くその目に吸い込まれそうな気がするような‥‥
「神谷さんには教えてあげますね。私、‥‥‥‥なんです」
「え」
「ごめんなさい。私はあなたにとって何より憎むべき相手なのかもしれません」
「‥‥っ、ううんそんなこと…」
「ごめんなさい‥‥」
神谷は涙を零した希偲を抱きしめた。
震える息。怯えた体がそれでも神谷を受け入れようとする。
「ううん。誰も悪くないよ。それが僕らの運命なんだよ」
神谷はそう言うと希偲の頭を撫でる。
希偲は1度止まった涙が再び流れたことに、そして止められないことにどうしたらいいか分からなくなっていた。
「ねえ、希偲ちゃん」
「はい?」
「鈴村健一と櫻井孝宏っていう人…知ってる?」
「…え?」
「あ、ごめんね。何でもないよ。気にしないで」
神谷はそう言うと希偲の手を引いて立ち上がった。
希偲はその温かい手を握り返す。
その反応に驚いた神谷は希偲を見た。
だが、すぐに微笑んで再び頭を撫でた。
「行こっか。小野くんと潤が待ってるし」
「…っ…、神谷さん」
「なあに?」
「福山さんに言っていただけませんか?」
「何を?」
神谷の顔を見るとその目は何が言いたいかを分かってるといった風だ。
希偲は繋いだ手と逆の手でぎゅっと拳を作る。
伸びた爪が肌に食い込んで痛い。
「私のSSは諦めてくれと…。私なんかにSSが仕えるなんて…」
「それは無理かな」
「え」
俯いていた顔を上げ神谷を見る。
神谷は苦しそうな顔をしていた。
希偲のことなのにまるで自分のことのように。
「きっと、希偲ちゃんにとって人生を変える人物だと思うよ?潤は。だって、潤と小野くんはそっくりだもん」
「どういう意味…ですか?」
「小野くんとは僕がここに来てから出会ったんだ。その頃はさっき話したことの直後で荒んでた。けど、小野くんが僕の心を開いてくれた」
「でも、神谷さんと私は違う…」
「希偲ちゃん。僕は…なんだ」
耳元で囁かれた言葉。
自分より貴重な存在。
けど、神谷はまるで自分が上に立っているというような出立ち。
孤高の存在。その存在自体が美しい芸術のよう。
宛ら、【雪女】だ。
誘惑し堕落させる。そして、自分が何者かということを思い出させてくれない。
「神谷さん…」
「だから、潤にはSSを諦めろとは言えないし言わないよ。きっとあいつは君のためになるからね」
「私のため…?」
「そうだよ」
話しながら歩いていたからかいつの間にか玄関にいた。
神谷は希偲に微笑むと扉を開けた。
「神谷さん!」
神谷を見た小野が満面の笑みで神谷の名を呼ぶ。
まるで大きな犬のようでしっぽがぶんぶんと振っているように見える。
「小野くんうるさいよ」
希偲も部屋を出ると福山と目が合う。
目が合うまで無表情だったのに目があった瞬間表情が柔らかくなった。
「希偲様」
優しい声が耳へと届く。
心臓がぎゅっと締めつけられたような感覚に陥った。
「神谷さん」
「何?希偲ちゃん」
「私は今まで虐げられる人生しか歩んでませんし人に守られるのも嫌です。人が嫌いです。でも…」
「でも‥‥?」
希偲は優しそうに微笑んだ。
神谷はその表情に目が奪われる。
「少しなら信じてもいいかもと思います」
希偲は振り返り福山の目を見て言った。
福山はその少し困ったような目が福山の言葉を奪う。
瞳の奥にはまだ人を信頼することに怯えるような表情を見せた。
「希偲様‥‥」
「別にあなたをSSとして認めたわけでも何でもないですから」
ふいっと希偲は顔を背けた。
福山はきょとんとしてから頬を緩ませた。
「神谷さんに負けず劣らずツンデレですね、希偲ちゃん」
小野がそういうと神谷に横腹を殴られた。
あまりの痛みにしゃがんで悶える小野。
「では、改めてよろしくお願いします。希偲様」
*
それが本当の始まり。
これが私の人生を再び狂わせ、180°変えた始まりの日。
*
「希偲ちゃん。僕は【Ω】なんだ」
混妖ではないΩ。それは、本当の意味で下位のもの。
虐げられる人生しかないもの。
*
「赦しに満ちているなんて嘘ね、希偲ちゃん」
神谷はそっと呟いて微笑んだ。
その微笑みは黒に包まれていた。
「望まれない世界へようこそ」
*
【その感情だけが私(僕)たちの答えだ】
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