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File.23
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「…あの時の惨事を知っているのは、俺らだけだ」
*
1869年 明治2年
事件は突然起きた。
何の前触れも無く、まるで嵐のように。
「潤!どういうことだ?!」
立花がテーブルに叩きつけたのは先ほど街中で投げるようにバラ撒かれた号外の一面だった。
福山は新聞の端を握りしめた。
「希偲は‥‥っ、処刑されるのか?」
日野がぽろぽろと涙を流しながら跪き言葉を零す。
いつもの部屋には五人と小野坂だけしかいない。
そう、希偲はいない。
「何でだよ?!何で、あいつだけ‥‥!」
「‥‥号外 皇室 第二皇女 富貴宮 人ではなかった 化物と判明 7/20処刑決定‥‥、か」
小野坂が概要を読み上げた。
7/20という期日は明後日だ。すぐそこまで迫ってきている。
泣いている日野を立花は何度も同じことをつぶやきながら抱きしめた。
「‥‥希偲のことについて皇室に行ったけど我家のことについて干渉するなの一点張りで‥‥。こんだけ権力集めても何もできなかった、くっそ‥‥」
「近ちゃん‥‥」
「希偲は今朝連れてかれてどこにいるかわからない状態だ」
為す術もないこの現状に誰が何をできただろうか
彼らはお互いから目を背けるように部屋を出た。
*
「姉上‥‥、姉さん」
「佳正、こんなところに来てはいけないでしょう?」
「福山さんらみんなが姉さんの処刑を止めようと躍起になってる」
拷問を受けたであろう傷が体中を侵食している。
痛々しくて見ていられないほどの傷。普通、女の人にはありえないような。
「そっか‥‥、佳正 私は大丈夫だから帰りなさい」
「姉上様‥‥、どうか‥‥」
「しーっ、あなたはただの男の子よ。明治天皇様」
希偲はそう言って笑うと、檻の中へと行ってしまう。
暗くて奥の方は見えない。
「姉上様、また明日来ます」
「もう来なくていいのよ」
希偲はそう言ってまぶたを閉じた。
足音が遠ざかって一人冷たい床の上に座り込んだ。
今まで一度もひとりになったことは無かった。
必ず、五人と一緒にいて笑いあって楽しくて。
「大丈夫、次がありますように」
死が怖くないわけじゃない。けど、ただ‥‥
「いいザマだこと」
「やっぱり、あなたが告げ口したのね」
彼女は卑しく笑った。同じ皇室の人間とは認めたくないほどに。
何となくわかっていた。彼女が誰を好きで私が恨まれていることも。
「とても、残念よ。順子内親王」
「あなたが邪魔するのが悪い。妹のくせに彼との婚約が決まるなんて‥‥、私のほうが愛してるのに‥‥」
「例え私を消しても無駄よ、今までだって‥‥」
「うるさい!あんたなんて‥‥、死ねばいいのよ」
彼女はそう言って去ってしまう。
彼女ほど真っ直ぐな怨みと殺気はないだろう。
だが、例え彼らがどんなに愛し合っても性別の定まらない彼らに未来はないと今までも引き裂かれることが決められてきたのだ。
(ごめんねごめんね、みんな)
どうか、私の身勝手を許してください。
*
「とうとう、今日が富貴宮の処刑日か」
「はい、孝明前天皇様」
朝日が登って行く。独房への扉も開き朝日が差し込む。
最初で最後の別れに息すらまともにできなくなる。
「孝明前天皇様、彼との婚約は‥‥」
「婚約?そんな話に聞き覚えはないな」
「そんな?!お約束してくださったじゃないですか!」
跪きこうべを垂れていた女は面を上げる。
孝明天皇は椅子から立ち上がり舞台を降りると、女の髪を引っ張り顔を近づけた。
「そんな事実どこにある。性別も定かではない汚らしい輩が消されないだけマシだと思え」
「‥‥前天皇様」
「この汚らわしい者をつまみ出せ。私は処刑場へと向かう」
「はい、孝明前天皇様」
近衛に捕まえられた女は部屋を出され城内からも出された。
何度もドアを叩くが何も反応はなかった。
*
「立て、罪人西彼杵希偲」
「ついこの間まで跪いてたくせに」
希偲はそう言って笑う。男は何も言わず希偲を立たせた。
震える足はひとりではまともに立てもしない。
すると、突然三人の男の子が部屋になだれ込んできた。
「「「希偲!」」」
「!?‥‥潤、D、しーちゃん」
「少し話をする時間をください」
立花が希偲の腕を掴んでいる男に頭を下げる。
希偲は、三人から目を背けた。ここに三人しかいないということは残りの二人 近藤と日野はこれから自分が行くところにいるということだ。
「希偲、行くなよ」
男から解放されると立花に抱きしめられた。
耳元でする声は震えていて、でも抱きしめ返す事はできなかった。
「しーちゃん、ごめんね。聡のことよろしくお願いします」
「‥‥っ、やだ。まだ俺の面倒見てよ、日野くんと一緒に」
顔を上げた立花は真っ黒な瞳から涙を何粒も零していく。
そして、男に肩を叩かれた。涙が止まらない立花を小野が引っ張った。が、嫌だと抵抗する立花。
「潤、みんなのことよろしくね」
「‥‥嫌だ」
「‥‥潤?」
「嫌に決まってんだろ?!こんな癖のあるメンバーなんてめんどうみきれるかよ!お前しか無理だろうが?!行くなよ、希偲!行くなよ!」
俯いていた福山は叫ぶように希偲に問いかける。
希偲は涙を零した。声を出して泣かないように口に手を当てる。
福山が希偲の手を掴んだ。そして、引き寄せる。
「希偲、愛してる‥‥、愛してるんだ。ずっと昔から‥‥」
「潤、ありがとう‥‥。でも、私がここで逃げればたくさんの人たちに迷惑がかかるでしょう?ごめんね」
そう言って、福山の背中を赤子にするように叩く。
福山は何も言わない。けど、肩は震えて声を噛み殺している。
希偲は福山の腕を離すと、背を向けて歩き出した。
「希偲!行くな‥‥!」
絞首台に立つのは近藤と日野。
二人とも目をそらして、唇を噤んでいる。
それでも、希偲は楽しそうに笑った。
「化物!よくも騙してくれたな!」「嘘つきの偽皇室が!」
飛び交う野次に日野が何かを口にしようとする。
だが、それを希偲がすれ違いざまに止めた。
「大丈夫だ」、と。笑った。
「これはこれは、大衆の皆さま。私のためにお集まりいただきありがとうございます」
希偲は、何度でも笑顔になる。
あまりの堂々とした出で立ちに誰もが口を噤む。
「最初で最後の見世物に少々御付き合いください」
「何をする気だ?」
「‥‥お久しゅうございます、孝明前天皇殿。何をと言われましてもただの見世物でございますよ?」
「何を‥‥」
希偲は扇子を取り出すと音がするほど勢いよく開く。
そして、華やかな衣装を纏う鬼人へと変化した。
変化と言っても、白い角が付属され目が赤い目となり、青い柄の薙刀を持っただけだが。
「我は皇室第二皇女 富貴宮改め 先祖返り 鬼族 鬼姫西彼杵希偲
もし、今後先祖返りの界隈を荒らした場合私はすべての人間を消す。これはその余興だ」
民衆の最前列には後ろに手を組まれ跪かされている福山たち三人が名前を呼んでいるのが見えた。
そして、希偲は近藤に切りかかる。が、それを日野が止める。
「希偲!何して‥‥」
「聡」
希偲が真っ直ぐと日野と近藤を見ていった。
そして、先ほどとは違ういつも通りの柔らかい笑顔を見せた。
「‥‥っ、希偲!」
日野の刃が希偲を切り捨てる。そして、真っ赤な血飛沫が空中へと舞い希偲が倒れた。
日野も叫びながら倒れた。近藤が希偲と日野を手繰り寄せるように抱きしめる。
そして、解放された三人が走ってくる。
「おい!どういうこと‥‥」
「日野くん!希偲!」
みんなに囲まれた希偲が笑う。
涙の雨に囲まれててもそれでも笑った。
「勝手なことしてごめんね‥‥、ちゃんと幸せになってね‥‥」
先祖返りは死後骨も何も残らない。
ただ、灰になり塵となるだけの運命。
みんなの手から溢れて消えていく。
*
それが、僕らをバラバラにした運命の瞬間。
その後、五人は三つの道に別れた。
将軍となった近藤、そしてそれに仕えた小野。
医者として薬剤師として世界を回ると言った立花、それについて行くと言った日野。
そして、そのどちらにも付けず皇室で小野坂と細谷にの元に置かせてもらうことになった福山。
彼らはそのあと現世に至るまで三度の転生を繰り返したが彼らの道が重なる事はなかった。
彼らは、もう二度と共に笑う事はないだろうと互いに背を向けた。
*
「永遠の別れなんてないと思ってた」
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