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何を望むの何を唄うの
*
「こんばんは、神谷さん」
誰か分からなかった。それほどに彼女は180°変わっていて、いっそ一周回っておかしくなったんじゃないかってほどに。
見違えた、というのは以前と打って変わって可愛らしく笑う彼女に相応しい言葉だろう。
「父さんには挨拶してくれないのか」
「今さら金髪にしてグレた人を父とは呼べない」
「希偲ちゃん、小野坂のこと虐めないであげて」
楽しく会話してるだけなのにどうしてこんなにも嘘くさいのだろうか。まるで、非日常のような。そんなきな臭さが漂う。
「別に虐めてませんよ」
楽しく会話する目の前の親子はちゃんとお互いのパーソナルスペースには入らないようにしている。お互いがうまい線引きをしているからだろうか。
「ねえ、希偲ちゃん。ちょっとお茶しない?」
そう言ったのは無意識だった。真実を確かめたいのと、それから‥‥私欲にかられて。優しくないと言われても僕は過去を振り返ったまま動けてないということだろう。
「いいですよ」
小野坂と話していた彼女が振り向いて笑った。その光景に何かがフラッシュバックした。確実に見たことのある風景に息が詰まる音がした。
「‥‥希偲」
こんなにも現代がまだ進歩していなかった。普段着が和服で彼女も何枚も重ねられた着物を着ていた。一度だけ与えられた幸せだった。愛する人が自分と結婚し、可愛らしい女の子が産まれた。
「神谷さん?」
「‥‥!神谷、車に戻るぞ」
「待って、昌也‥‥」
「希偲、悪いがお茶会は曉館でやろう。帰るぞ」
小野坂は二人に有無を言わさず車へと乗せた。神谷は過呼吸を起こしており何も聞こえない様子だった。
幾重にも重なった過去は美しかったものこそ珍しくて嫌なことばかりだった。六人の過去同様神谷の過去もまた然り。
「希偲」
「何ですか」
神谷は細く息をしながら名前を呼んだ。穏やかな時間。その瞳は知っている。過去の私を憎んだ瞳、過去の私を慈しんだ瞳、過去の私を認めてくれた瞳。
「ううん、ごめんね。何でもないよ」
「はい」
何度も消えては再び繰り返す歴史を自分たちの過去と呼ぶべきなのか、それとも自分らが組み込まれただけの時間なのか。
嘘を嘘で塗りつぶす戦いに終わりは一切見えてこない。
「希偲はどれくらい覚えている」
「前世の記憶は全て」
初めて先祖返りと自分を認識したのは初めての転生のときだった。隣には大事な大事な弟がいて、周りには大事な幼なじみたちがいてここは自分が守りたいと思った。
「最初の記憶は村の姫巫女として生きていた。祀られる物扱いだったけど五人は違ったよ」
いつしか、苦しみ悶えて藻掻いてもみんなを守りたいと思うのは必然だった気がする。姫巫女に供え物として捧げられてきた四人の子供たちはいつしか大人になり、幼かった弟も立派に王座へと鎮座していた。
「姫巫女は20歳になると、厄災を免れたいがために殺される。それを庇った五人は皆死んだ。そして、姫巫女自身も殺される」
死を見送る側になったのは初めてではなかったが、そのとき心から思った。例え何があろうとも守りたいと。
それ以外の事はどうでもよくなっていた。自分の大事なものだけを守りたかった。次第に大事なものは増えて守りたいものも増えて、そしていつしか守りたいものに守られていた。
「親の記憶はほとんどない。ずっと引き離されて生きてきたから」
窓の外を見れば幸せそうな親子が歩いている。幾度となくそんな光景を見てきたが羨望の眼差しはやめられなかった。
父は何度か会ったが母は産まれて二歳になれば二度と会うことは無かったし母親というもの自体欲することは無かった。
だが、時代が進化するとともに自分自身を取り巻く環境がおかしいことが嫌でも分かった。
「母は今もいません。けど、今の現状に後悔はないです」
全員揃ってもう一度足を揃えて踏み出すことだけが夢で冀望だ。それ以外に求めるものはない。もし、それを求めて自分に何か代償を求められても笑顔でその代償を払うだろう。
「まだ全員じゃない。だから、私はまだ戦う」
空が徐々にくすんでいった。まるで、お互いに疑心暗鬼になっているみんなの心みたいに。
昔みたいに戻れないことも、今のままでは前に進むこともできないのはよく知っている。だけど、お互いの手を握ることもできない自分たちに何が出来るのだろうかと悩むこともままならない。
*
「ただいま」
「そういや、希偲ちゃん。潤は?」
「本家に呼ばれて行きましたよ。どこかの当主様がまともに機能しないので」
希偲はそういうと荷物を抱えてエレベーターに乗った。
神谷と小野坂は二階で降りると二人とも幸せそうに部屋に入っていった。希偲はボタンを押して扉を閉めると後ろに振り向いて鏡を見た。
「いつまで潜んでいるの」
「やっぱ、隠れてもダメですね。希偲様はすぐに見つけてしまう」
鏡から現れた男は頼りなさそうに笑うと、希偲の持っていた荷物を笑顔のまま持った。希偲は返す気の無さそうな彼にため息を着くとエレベーターが止まった。
エレベーターを降りると鍵を開け部屋に入る。二人で買ったものを整理していく。
「何を買ったんですか?」
「本」
単語だけ言うとソファの横へと並べていく。本の他に買った紅茶の葉やコーヒー豆は自分より背の高い彼に頼み戸棚に仕舞ってもらう。
「ありがとう」
「いえ、これ頼まれたものです」
渡された書類には文字の羅列が大量に陳列されていた。書類の間に写真が挟まれていた。そこに写っていたのは間島と菅沼だった。
「やっぱり、菅沼さんは鬼族の銀鬼だったのね」
「鬼族が束ねられたとき小野坂様の腹違いの弟でNo.2に位置していました」
選ばれたものしか本家には在籍できない仕組みになっている。
だが、希偲と福山は特例で鬼姫と鬼皇であるが混妖となる場合がありその場合分家預かりとなる。そこで人生が決まると言っても過言ではないだろう。幼い頃は記憶が確立しないために辛いことしかないと思ってる為性格が卑屈になる。
「鬼族が束ねられてから二度目の転生後消息が不明になり、そこから出生地などが一切不明となってます」
「‥‥菅沼さんはもっと調べる必要がありそうね。ありがとう、引き続きよろしく」
希偲がそういうと、男は鏡の中へ戻っていった。すると、直後にインターホンが鳴る。インターホンの映像に映ったのは福山だった。希偲は鍵を開けると、中へと出迎えた。
「お疲れ様」
「鬼族 鬼姫 西彼杵 希偲の当主後継日と婚約者が決まった」
「うん、ありがとう」
福山は困ったように笑う希偲を抱きしめた。心臓の音が落ち着く。きっと終わりは少しずつ近づいているのだろう。
「潤、大丈夫だよ。ちゃんとみんなとあの日に帰れるよ」
あの日に帰れるとあの日からずっと信じ続けてきた。いつの日か再び全員が心から笑い合える日を望み続けてきた。
前も後ろも見えないまま心は繋がっているとそれだけを頼りにして。
「全員で」
*
「何を望んだの何を唄ったの」
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