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【青い龍と雪の姫】
*
「信長」
「あ、たつさん」
毎日決まった時間に車で島﨑を迎えに行くのが今世でのお決まりになってきていた。達央は学生ではない。車の免許を取れる歳だし、お酒も飲める。そして、混妖でもなかった。
「じゃあな、のぶ」
「うん、明日な。禎丞」
島﨑が車に乗り込むとスーツへと着替え始めた。ふと、疑問を口にした達央に島﨑は驚く。
「禎丞って奴彼氏なの?」
「は、はい?!」
あまりにも過剰に驚きすぎたせいで立った拍子に天井に頭をぶつけた。この様子だとそんな事実は無根なようなので審議を確かめるという目的から、イジメるに方向転換する。
「そんなわけないじゃないですか!」
「ふーん、声裏返ってるけど」
「それはたつさんがいきなり変なこというから!」
達央は吹き出すように笑うと車を走らせた。初心な島﨑を見ているとまるで島﨑の時間だけが止まったような気分になった。
何も覚えていない彼は自分を愛してくれていた彼じゃない。だけど、それでも愛しいのは変わりなかった。
「ごめんごめん」
「もう‥‥、今日はどこに行くんですか?」
「んー、近くに海あったろ。シーズン前に下見。冬の海もいいだろ」
金曜日は車で島﨑をどこかへと連れて行く日。いつだったか、何故かとてつもなく気分の悪い日があって一人でいたかったのに島﨑は引っついて離れてくれなかった。
『じゃあ、毎週金曜日は俺と気晴らししましょう!たつさん』
記憶がいつまでもこびりついていて離してくれない。笑顔も名前を呼ぶその声も何もかもが変わらないのにどうして彼は自分を覚えてないんだろうか。
「また彼女さんと行くんですか?」
「んー、どうだろ。今フリーだし」
「また別れたんですか?!」
信長は大きくため息を吐くとネクタイを締めた。ラフな格好でも構わないのだが彼は相変わらず形から入りたいようでスーツを好んでいる。
「そういうとこ誠実じゃないとダメですよ?」
「じゃあ、島﨑くんが俺の恋人になってくれる?」
達央はそういうと、車を止めた。もう海まで到着していて、でもシーズンオフ中だから誰もいない。日が落ちて暗くなったからか淡い色でしかお互いは見れない。
「え」
「信長が俺のこと誠実にしてよ」
エンジンを切ると真っ暗になる。運転席から無理矢理後部座席に移動すると座席を後ろに倒した。一気に下がり達央が信長を押し倒すような形になる。
「た、たつさん?」
「何?信長」
首元にKissするとびくりと反応して眉を下げこちらを見る表情に唆られる。何度も女をこの手で抱いてきたがたった一人自分を組み敷いた人間を忘れられずに生きてきた。
「‥‥っ、悪いですけど俺はあんたのこと抱くことしか考えてないですよ」
くるりと翻すように立ち位置を入れ替えられ簡単に組み敷かれてしまう。同じ男で、だけど年下のはずの彼に力すら敵わない。いや、抵抗する気もないのだけれど。
「んっ、んん」
久々にしたKissはこんなにも気持ちが良かったかと浸ってしまう。少し荒くなった息に気分が高揚して、自ら求めた。彼の目には浅ましいと写ってしまっているのだろうか。だけど、そんなことどうでも良かった。
「好きです、愛してます。達央さん」
愛の言葉は本物で、目の前にいる彼は自分を愛してくれている。だけど、共有した記憶はどこか散ってしまった。
『その日俺は記憶のない信長に初めて抱かれた』
*
「こんにちは、小野くん」
「あ、こんにちは神谷さん」
幼い少年は何も知らないかと言うように笑った。いや、事実何も知らないのだろう。仲間との過去も、仲間の死も、そして自分自身の恋もすべて。
「小野くんは今楽しい?」
「はい、みんなとずっと一緒にいれるので!」
その返答に心臓が握り締められたような感覚に陥った。きっと彼は笑うことを強いられていた誰かを救うために笑っているんだろう。その言葉もその誰かの共感のために自分の言葉にしてしまったのだ。
「笑害(しょうがい)笑うに実害の害で笑害。俺病気らしいんです。泣くことはもうできないって。でも、それでも俺はみんなが一緒にいてくれたらいいんです」
小野はそう言って笑った。けど、その表情の奥で涙を零しているようにも見えた。
それ以上何も言えずにいて俯くこともままならなくてただただ小野の瞳を見る見る神谷。
「ごめんなさい、神谷さん」
「え」
その表情は自分が知っている小野のものだった。あまりの驚きに間抜けな声をあげて固まっていると唇にKissされて、それは段々深いものへと変わっていった。
「んっ、ふ‥‥」
「はっ、ぁ」
暗い屋上で他には誰もいなくて、でも地上には車とか走ってるはずなのに何も聞こえなくて。目の前の相手を必死に求めて縋りつく。Kissが終わると小野は神谷の頭を撫でて立ち上がり何も言わずに踵を返した。進もうとする小野を神谷が呼び止めた。
「小野くん!」
「はい、何ですか?」
振り向いた小野はもう既に自分の知らない小野の表情になっていた。彼は全てを知った上で何も知らないふりをして忘れたふりをして、それでも彼らのために笑うことを決めたのだろう。
「‥‥いつか、君たちの道がゴールを迎えて君が君でいれるようになったら迎えに来て。何年先でも何十年先でもいいから」
「‥‥っ、確証のない約束はしません。けど、出来ることならばあなたを迎えに行きたい」
(あぁ、どうして君は‥‥)
(あぁ、どうしてあなたは‥‥)
『こんなにも愛しいのだろうか』
あれだけ突き放し嘘をつき、お互いに偽りを重ね愛を重ねあんなにも背中を向けていたのに。いつしか偽りは誠になり重ねた愛は崩せないほどになってしまっていた。
けど、向けたままの背中は振り返ることはできない。今は。
*
「当主様いいの?犬ころにお姫様盗られちゃって」
「ばーか、鬼は変わらなくても野獣は王子様になるんだよ。あいつは結局ずっと前から野獣を愛してたんだよ」
『忘れているだけで』
あいつらはお互いに代替品だと思ってる。けど、それは違う。自分こそ彼の代替品に過ぎなかった。だけど、それでも彼のことを愛してたしこれからもきっとそうなんだろうけど。
「ただいま、菅沼たちの黒幕分かったよ」
帰ってきたのは細谷だった。小野坂と宮野の前に数十枚という書類が置かれる。半々で目を通していく二人はあまりの事実に己の目を疑った。
「‥‥これはまだ曉館に知らせるな。先に森川と檜山に知らせろ」
「かしこまりました、当主様」
時代は繰り返す。人は繰り返す。歴史は繰り返される。
脅威はいつもすぐそばにある。
*
『何度もあなたを忘れようとしてるのに、やっと忘れかけてたのに』
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