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どうか僕が消える前に
*
「中村さん、杉田さんこんばんは。お久しぶりです」
「‥‥希偲ちゃん!」
夜22時の訪問者はティーセットをワゴンに乗せ運んできた。湯気が出ているポットから中身を零さないように部屋の中へと運ぶ。
「すみません、こんな時間に」
「大丈夫だよ、来てくれてありがとう」
杉田はそう言って笑うと希偲とともにソファに腰を下ろした。ワゴンを引いてきた中村は二人の前へソーサーとティーカップを置く。
「あ、中村さんすみません」
「座っとけ。砂糖とミルクは?」
それぞれ注文すると、丁寧にそれらは煎れられ透明な黄金色が微かに波打っていた。湯気が立つ紅茶を一口含むとカップを置いて話を始める。
「杉田さん、厄病のことでお話に来ました」
「‥‥だろうと思ったよ」
「一つだけ治す手立てがあります。ただ、完治する可能性は低いです」
「杉田の厄病治せるのか?」
二人の顔つきが変わった。希偲は再度紅茶を飲むと話を始める。
「鬼族で厄病が出た場合疫鬼に厄を払ってもらうんです。ただ、それが他の先祖返りに有効かどうかは分かりません」
「‥‥治るかもしれないの?」
杉田が静かに涙をこぼした。その涙をそっと中村が拭う。何度も零れ落ちる雫を何度も何度も掬いあげていく。
「まあ、とりあえず疫鬼を呼んでますので説明を受けてください。やるか否かはそれから決めてください」
希偲が言い終わるとちょうど良くインターホンが鳴り響いた。笑顔の希偲が玄関先まで迎えに行く。
「こちらが、疫鬼の細谷佳正です」
「こんばんは、初めまして。鬼族本家で小野坂当主のSSをしております」
黒めの赤色をした和服を羽織った細谷は杉田の元へ行き話を始める。少し震えた手を中村が握った。
「上の服を脱いで頂いてよろしいですか?」
杉田が言われるまま脱ぐと素肌にはびっしりと黒いシミが広がっていた。まるで焼け焦げたような皮膚に痛々しくてみていられないほどに。
「お嬢様、どこまで説明したんですか?」
「ほとんどしてないよ、有効かどうかわからないぐらいしか言ってない」
希偲はそう言うと、顔を背けて再び紅茶を口にした。細谷は少しため息を吐くと話を始めた。
「病原体である疫を除いていくのが主にやることです。ただ、体の中を作り変えていくということなので急激な変化に痛みを伴います。それから、細胞の作り変えに耐えられなくて死ぬ場合があります。その場合転生は二度と叶いません」
細谷が重々しく話す。中村も突然話された代償の可能性に杉田の顔色を伺った。だが、杉田は細谷の目を見てはっきり断言した。
「やるよ。死ぬかもしれなくても。このまま死ぬよりずっといい。俺はまだ自分の大事なものを自分の手で守りたい」
杉田がそう言うとソファの背を挟んで希偲が杉田を抱きしめた。ちょうど希偲の心音が聞こえる位置に頭があるせいかすごく懐かしくて気分が良かった。
「杉田さんに私の力分けてあげます」
「お嬢様!」
「蝶影 舞う 清き者よ 万物に愛されし理に導かれよ」
少し苦い顔をした細谷は杉田を連れて別室へと移った。
*
「我疫鬼なり 汝疫に犯されし その半身 我が身に捧げたまえ」
描かれた陣が杉田取り囲んで張り付く。まるで針で刺されるような痛みが体中をはり巡る。
だが、苦しそうに顔を歪める細谷を見た瞬間もがくのをやめた。
(俺はもっともっとあいつと一緒にいたいよ)
*
「終わりました。疲れて寝てますので自ら起きるまで起こさないでください」
「二人ともありがとうございます」
中村は静かに頭を下げた。細谷は慌てて頭を上げるように言う。希偲は静かに笑うと杉田の元へと寄っていく。そして、額に手を当てた。
「舞う胡蝶 苗床に咲きし 花々へ戻りきたし」
そう言うと、希偲は杉田とともに眠った。
*
「先ほどお嬢様が使った術は相手の痛みを半分自分が請け負うというものなんです。ですので、申し訳ないですがあのまま寝かせていただいてもよろしいですか?」
「……そうなんだったんですね。わかりました。本当にありがとうございます」
細谷は一礼すると部屋を出ていった。短くて1日長くて1ヶ月後遺症として眠るらしい杉田は穏やかな幸せそうな顔をしていた。だけど、その顔を見るのは後にも先にも今世はこれが最後だった。
*
「これどういうこと」
「モノホンの手錠だけど」
固定された家具と繋げられた右手首は軽く揺らしてみたがびくともしなかった。この手錠をはめた張本人の菅沼はぽろぽろと涙をこぼし始め、間島へと縋りつくような格好になる。
「お願いだから、今回の闘いにはまじぃは来ないで」
「何で」
「鬼族の上下関係って力にも影響が出るんだ。俺は金鬼 次期当主様を殺す。そしたら、俺は暴走した力に耐えられなくなって誰彼構わず殺すかもしれない。まじぃでさえ」
震える手はもう誰とも繋がっていなくて、永い時を一人で彷徨っていたのだと。あの日突然一人になった自分を引っ張ってくれた彼は確かに笑っていたのに。
「俺が暴走止めてあげるよ。大丈夫だよ、俺は久義を一人になんてしないから」
抱きしめても体温は感じられなかった。過去を遡る君と未来を歩く俺たちはどうしたって決別するのかもしれない。でも、もし共に歩めるのだとしたら……
*
僕には君だけ。君には、僕だけじゃなくて、さ。
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